めいん
□夜行詭言一
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【黒蛇〈クロヘビ〉】
新たな年を迎える夜が間近に迫る日の夕刻。
陽が傾く場所からは風が吹いて窓に当たり、
閉めきったガラス窓を小刻みに震わせている。
その度に室内と室外の温度差によって浮き出た結露が弾かれるようにして流れ、
別の露を吸い込んだのちに次々と落ちていった。
そんな中、小山内 疾砥は炬燵の布団を肩まで引寄せ、
身体を包む電子の暖かさに微睡んでいた。
疾砥の向かいには彼の義理の兄―――逆神 歩が炬燵の板に突っ伏しており、
緋色の光が差し込む居間に微かな寝息を響かせている。
その規則正しい呼吸音に眠気を誘われながら疾砥は頬杖をつきつつ、
何とはなしに歩の元にあるテレビのリモコンを引き寄せようとした。
だが何かを瞳の端にとらえるなり、途端にぎょっとしてその動作を止める。
彼は伸ばそうとしていた右腕をゆっくりと布団の上に下ろすと、
息を一つ吐いて先程視界の脇にあったモノを中心に見据えた。
疾砥の目に歩の姿がはっきりと写り込む。
そして、兄の肩から右腕にかけて巻き付いている
―――黒い靄のような実体の無い蛇のようなモノも。
リモコンに目を移すまでには無かったそのモノに歩は全く気づいていない。
疾砥には幼い頃から何故か、常人には捉えることのできないものを視る力があった。
得たくて得たわけではないが、幸いなことに彼のことを理解してくれる人が少なからずおり、
それなりに今の状態にも慣れ初めていた。
しかし人の目には見えないものが視えることが常と化してしまっている疾砥と言えど、
やはり家族にそれが纏わりついているのを見ていて気持ちがいいはずもなく。
彼は眉間に皺を寄せると、腰を上げてから歩を揺り起こそうとした。
モノ達は人の活動的な「気」に弱い。
それならば、歩が目を覚ませば黒い蛇のようなモノもどこかへ消えるのではないかと考えたのだ。
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