めいん

□夜行詭言二
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それは夏祭りの日の事である。

その日、小山内疾砥は珍しく一人で祭りに出た。

とは言え早々に祭りの喧騒に疲れた疾砥は、
会場から少し離れた場所にある大きな池の近くを散歩していたのだが。


疾砥以外に人のいない池。
風が吹いているのに、波一つ立たない鏡のような水面。

疾砥がそれを見ながらぼうっとしていると、後ろから声をかけられた。


「祭りの…案内をしてくれませんか」


か細く、切れてしまいそうな声に振り向くと、そこには白い着流しを着た一人の男。
月明かりを反射する滑らかな黒髪が目元を覆い、顔の全貌は見えない。

少々薄気味悪い気もしたのだが、初めて祭りに来たのだろうと思い、
疾砥は快く案内を買って出ることにした。



一通り祭りの会場内を練り歩くと、隣を歩く男は疾砥の袖を控えめに引いた。

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。池のほうに戻って頂けますか」

疾砥はわかりました、と男と並んで池へと戻る。



池に着くと男は月を背景に頭を下げ、

「この度は、本当にありがとうございました」

口だけでにこりと笑うと、風に流された髪の間からほんの少しだけ目元が垣間見えた。
疾砥が見たのは、池に映し出された月のように煌々とした美しい黄金色の瞳。



「ではまた」



疾砥が瞬きした後、男は忽然と姿を消していた。


その時、池からは白い体に黒い斑を持つ大きな鯉が、
水飛沫を星のように散らしながら月へ向かって高く高く跳躍したのだった。



{終}


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