めいん

□ひととせ2
1ページ/1ページ



それは少年と私の旅が始まって、初めて訪れた町での出来事でした。

その町は、人がだれ一人として存在しない町でした。
建物は風化し、透明な板――ガラス、というものだと少年は言っていました――の中で
無事なものは一つもなく、暗闇がすべてを支配しているようでした。


なぜ人がいないのかと私が少年に問うと、


―――わからないんだ。


悲しさも嬉しさも混じっていない表情で少年は言いました。

私はその表情を初めて見ました。
ですが、その表情の中に複雑な想いが混ざっているような気がしました。

なぜそう感じたのかはわかりません。
わからないことが多すぎるからこそ、簡単なことさえもわからなくなってしまったのかもしれません。

何が簡単で、何が複雑なのか。

その狭間を探すのはあまりにも簡単で複雑で。
記憶を取り戻しても、それはわからないことなのだろうと私は思いました。

おそらく、この少年の想いも。

わかることができなくとも、いつか知ることができればいいと思う反面、私は……


―――ただひとつわかっているのは、


突然少年が立ち止まりました。
それに続き、私も立ち止まりました。

空からはたくさんの水の粒が落ちてきていて、
私の途切れた独白はいつの間にかにその音にかき消されていました。


―――この町は何かを失って、たくさんの人々を忘れてしまったということだよ。


そのことばは何処か遠くを見ているようでした。
そのことばは私の胸の底を締め付けるような響きを持っていました。

そして、私は少年と出会ってから二つ目のことを知りました。

それはこの町と私が似ているということ。

私もまた何かを失って、今までに出会ったであろうたくさんの人々を忘れたのです。
きっとこの町は人の明るさや喜び、悲しみ、そんな何かを失って、
ここに住んでいた多くの人々、その想いを忘れてしまったのでしょう。


失い忘れた者がいるということは、失われ忘れられた者がいるということ。


…私にも、そんな存在がいるのでしょうか。
その存在はどこにいるのでしょうか。
私のそばにいるのでしょうか。
それとも遠く離れた場所にいるのでしょうか。


―――大丈夫?


少年は心配そうに、私の顔を覗き込みました。

知らぬ間に、私は不安げな顔をしていたようでした。

胸にこみ上げる不安の正体がわからぬまま、私は大丈夫だと少年にいいました。
すると少年は出会ったときと同じように儚げな、何処か消えてしまいそうな微笑みを浮かべました。

旅を始めたばかりの私は、それが示す意味を知りませんでした。
そのとき私は自分の記憶を探すために旅をしているのではなく、
少年を知るために旅をしているような気さえしました。


もしかしたら、確かにそうだったのかもしれません。



ですがどちらにしろ、私と少年の旅は続くのです。
わからないことの矛盾さと、知ることのできない不安を抱えながらも―――…遠く、遠く。




Mainへ戻る

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ