novel

□第5章 <4>
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 陽子たちは対談を一度中断して、休息することにした。
 桂桂と遊んでくると言って、六太は庭に飛び出して行ったし、尚隆は元の部屋で茶を啜っているという。
 陽子はというと、煮詰まった頭を冷やすために路寝の奥、正寝へと続く廊下へ出ていた。
「陽子――」
若い女御と女史が待ち受けていた。
 「鈴、祥瓊。二人そろってどうしたんだ?」
目を丸くして問いかけると、鈴と祥瓊は互いに顔を見合わせた。ここしばらく陽子が何かに思い悩んでる様子だったので、心配して来たのだと言う。
 「私たちに出来ることなんて知れてるけど、せめて気晴らしくらいにはなるかなって」
そう言って、鈴がふんわりとほほ笑んだ。
 「そんなに?自分ではそこまで気にしていないつもりなだったんだが・・・」
 「どれだけの付き合いだと思ってるの?大体、陽子は分かりやす過ぎなのよ。すぐ態度にでるんだから、わからない方がおかしいわよ」
祥瓊が大袈裟に溜息を洩らし、肩をすくめて見せる。
 「・・・そこまで言うか?」
 「もちろん。さ、いつまでも突っ立ってないで、中に入るわよ」
 祥瓊に腕を引かれ、鈴に背中を押されて半ば強引に自室に連れて行かれた。







 室の奥、窓際に置かれた小さな円卓を囲むようにして女官の用意してくれた茶と菓子を頬張りながら、三人はおしゃべりに花を咲かせた。それは、普段の身の回りにあふれる何気ないことばかりであったが、陽子は久しぶりに心から笑った。
 「・・・でね、虎嘯ったらおかしいの――」
鈴がくすくすと、笑いをこぼしながら話す。 今の話題は、虎嘯とその弟の夕輝のことだ。
 夕輝はとても優秀で、少学だけでは飽き足らず、大学にまで進学した。
 こちらでは大学に入るのはたやすいことではない。何度試みても、一生入れずに終わる者少なくないのだ。そして、卒業後は天官に配属され、陽子の手助けをしてくれている。
 「・・・そうかしら?大体、鈴は――」
話は弾む。鈴のやや外れた言に、祥瓊が鋭い突っ込みを入れる。二人のじゃれ合いに、陽子は目を細めた。
 「ちょっと、陽子!何ニヤニヤしてるのよ!」
いきなり話の矛先を向けられた。
 「ああ、すまん。つい、おかしくて」
 「もう!」
鈴も祥瓊も、陽子の「悩み事」には触れてこなかった。二人の心づかいが嬉しい。
「ところで、二人とも」
「なーに?」
鈴が首をかしげる。
「二人に話しておきたいことがあるんだ」
「あら、やっと話す気になったの?待ちくたびれたわ」
わざとらしく不満を言ってみせる祥瓊に肩をすくめて見せてから、これまでのことを話して聞かせた。









「―――それで、陽子はどうしたいの?」
「へ?」
 頬杖をついて、祥瓊が陽子の顔を覗き込むようにして問うた。
「――正直、追いかけまわすのは気が進まない。だが、事が事だ」
 嘗て、自分が妖魔の襲撃を受けて山林をさまよったことを思い出しながら、陽子はうめいた。状況は、違えど、追い回すことには違いない。件の二人は当然、敵に追われていると勘違いするだろう。
「そうね。もし、その【玄翁】とか言う人が、本当に麒麟なら一大事だわ。一国がかかっているんだもの」
「ああ」
「陽子が初めてこちらに来た時のことを考えたら、貴女の気持ちも分からないでもないわ。でも、・・・」
「そう。私は王だ。真実を知る義務がある」
陽子は瞳を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、35年前。巧王の差し金で、妖魔に追われ山野を逃げ回ったこと。本当につらかった。
「会って、ちゃんと分かってもらわないとならないわ」
 「事実がどうであれ、真相を突き止めなきゃ」
 二人が、両側からそっと陽子の肩に手を置いた。
 陽子が顔をあげると明るく微笑んだ。
 「貴女ならできるわ、陽子。私たちにできることがあったら、何でも言ってちょうだい」
 祥瓊の言葉と鈴の微笑みがとても心強く、陽子の心にしみた。

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