novel

□第5章 <3>
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「それで?」
尚隆が陽子を見据える。
「他にも何かあるだろう」
「・・・よくおわかりで」
陽子は苦笑した。
「まず、それを聞こう」
 先ほどまで、笑みの浮かんでいた延の眸に真剣さが浮かぶ。
 陽子は、一瞬目を伏せ逡巡したあと、意を決したように顔をあげた。そして、延の隣に胡坐をかく雁国の麒麟に顔を向け、口を開いた。
「延麒。蓬莱に妖魔はいますか」
「へ?」
 六太は鳩が豆鉄砲を食らったような、間抜けな顔をした。尚隆もやや驚いたような顔をしている。
 麒麟が麒麟でなくなるという事例が、過去に一度だけあった。約30年前に帰還させた泰麒は、角を失い、自身への怨詛で本性を喪失していた。
 尚隆と六太はそのことを含んでいたのだろうが、陽子の言葉は予想外だったようだ。
 「それも、人に変化できる位に妖力甚大な妖魔はあちらに存在するのですか」
 目の前の二人は怪訝そうに顔を見合せ、それから陽子に話の続きを促した。
「自分が可笑しなことを言っているのは重々に承知しています。それでも、どうしてもお聞きしておきたいのです」
「それは、どういうことだ」
 いぶかしむ尚隆に、一瞬目をやってから、陽子は真剣な眼差しで六太を見つめる。
 六太は、陽子の言葉をすぐには理解できなかったのか、数回瞬きした。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・陽子も知ってんだろうけど、俺はたまに蓬莱に遊び・・じゃなくて視察に行ってる。これまで何百回ってこちらとあちらを行き来してるけど、俺は妖魔・幽鬼の類に出くわしたことは、・・ない。少なくとも俺は見たことも聴いたこともない」
「そうですか・・・」
陽子はやや気落ちしたように眸を曇らせた。
「人に変化できるほどに力の強い妖魔・・・」
六太がうわ言のように呟き、
「・・・俺たちは、普段なんでもないように転変してるが、実は、姿を変えるってーのは、本来すっげぇ難しいことなんだ。並みの・・・いや、並以上の奴でも、まずできない。変化できる妖魔は王の手にもあまり余るほど魔力甚大だ。仮に、本当にそんな奴がいたとしたらそいつは饕餮クラスってーことになる。そんな兇(ヤツ)がいれば俺たちでもわかる。ただの妖魔でも、近くに居れば使令が何か言ってくる筈なんだ。・・・だから――ないと言う証拠はないが――、俺はあちらに妖魔がいるとは思えない」
 軽く下向きながら一気にまくしたてるように言った。
 「陽子」
はっ、と顔をあげれば、尚隆が腕組みをしてこちらを見ていた。目線だけで先を促される。
「実は――、」
陽子は、尚隆と六太に、和州候が二人を保護した時にその者が己は金毛九尾の狐だと名乗っていたことなどを説明した。
「金髪の青年がいて、彼が主と仰ぐ胎果の少女がいる。彼女たちが現れる前には巨大な蝕が起きていて、相当な被害を出している。状況だけ見れば、王と麒麟としか思えないのです」
ただ、と陽子は言う。
 「呉渡で、麒麟に突き飛ばされたという報告も――」
 「馬鹿な」
 「あり得ん」
六太と尚隆が次々と言う。陽子は眉根を寄せて、目の前の二人を見る。
 「もし、仮に、本人の言うように彼が金毛九尾の狐で、本当にそんなものが実在したら・・・」
 「伝承では、確か、強大な妖力有し、その強さは全ての妖狐の中でも最強と云われている魔物だな。」
「けど、一部の伝承では天界より遣わされた神獣で、その場合は平安な世の中を迎える吉兆であり、幸福をもたらす象徴とされていたはずだぜ」
六太のいかにも麒麟らしい言葉に、尚隆は軽く苦笑し息を漏らした。
 「そうだったならいいがな」







 「し、失礼致します」
 陽子たちが居るのか居ないのか分からないモノの存在に悶々としていた時、一人の下官が室に飛び込んできた。
 陽子はその人物に覚えがあった。最近、新しく冢宰・浩瀚の部下となった者だ。下官は、肩で息をしながら、何とか言葉を紡ごうとする。
 「どうした。何があった」
浩瀚が眉をひそめる。
 「あ、浩瀚様。いえ、主上、実は・・・・え、あ・・・・え、延王さ・・・」
下官は混乱しているのか、ひどく狼狽して見せた。
 「いい、気にするな。それより、何があった」
あわてて平伏しようとする下官をとどめて、尚隆は話を続けるように言った。
 「いったい、何があったのだ」
浩瀚が被せるように尋ねる。
 「は、はい。申し上げます。実は、和州城にて保護している件の二人のことですが・・・」
 「二人がどうかしたのか」
 「今しがた、和州城から報せが届きまして、それが、二人が行方知れずになったと」
 「何!?」
陽子は目を見開いた。
 「しかも、同日中に明郭の北部で、妖魔の群による襲撃がございました。そこで、妖魔らをいとも簡単に斬殺する白髪の女が目撃されています」
 「な・・・」
 「彼らの足元は、通りは、斬り刻まれた妖魔の死骸と流れ出た血で河のようになったとか。詳しいことは、まだ、捜査中でありますが、他にも血の海に白髪の少女を抱えてたたずむ金髪の青年も目撃されています」
状況を想像したのか、下官の額には脂汗が滲み、顔色が悪い。その場に居た麒麟二人もひどく顔をしかめている。
「しかも、今回、襲撃してきたのは暇国の群です。暇国は人を喰う獰猛な妖魔で、彼らに襲われた街はまず助かりません。暇国は目につく人間を喰らい尽くします。しかし、不思議なことに怪我人はいるものの、死者は一人も出ておりません」
下官は、言いながらどんどんと青ざめていく。声にも僅かに震えが混じっている。
「その後、北郭の西にある豊鶴での目撃を最後に足取りが途絶えております。現在、和州州帥が必死の捜索を始めています。同時に北郭での件との関連性を調べている最中でございます」
言い終えた下官の顔は、血が抜けたように白んでいた。
 「よく知らせてくれた。疲れただろう。下がって休んでくれ」
 「御意」
陽子の労いに、下官は深く頭を下げ退室していった。

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