三大王者と戦った決勝リーグ。その全てにトリプルスコアでボロボロに敗れたオレ達。大敗後の帰り道、当然空気は重かった。悲しみと悔しさを抱いたまま、オレ達は学校へ――部室へ戻って来た。


戻って来たはいいけど、空気が重いのは相変わらず。当然だ。皆地のどん底まで凹んでる。オレだってめちゃくちゃ凹んでる。それに、日向だって――



「…日向?」



相当凹んでるに違いない、と思って主将――日向を探したけれど、塞ぎ込むメンバーの中に、日向の姿は見当たらなかった。



「なぁ、日向は?」
「え?」




どうやら皆も気付いていなかったようで、静かだった部室はどよめきで埋め尽くされた。小金井も水戸部も土田もカントクも、誰も日向が何処に行ったのか知らないようだ。勿論、オレもなんだけど。




「探してくる。皆は先に帰ってていーよ」




戸惑うメンバーをそのままに、オレは自分の荷物を持って、日向を探しに部室を後にした。





――――




「…日向」




部室から少し離れたシャワー室。そこに、日向は居た。だけど…オレはすぐには日向に駆け寄れず、その場に立ち尽くすことになる。



日向は、服を着たまま床に座り込んで、シャワーに打たれていた。湯気が立っていないところを見ると、どうやら湯ではなく冷水らしい。ザーザーと流れる水の音が耳に痛い。日向はぼんやりと床を見つめて、ただ静かに、冷たい水に体を支配されていたのだ。




「なにしてんだよ、日向っ」




カバンからタオルを一枚取り出して、急いでシャワーを止めた。頭にタオルを被せてガシガシと拭いてやる。触れた体は冷水を浴び続けていたからか、酷く冷たかった。



「…伊月」
「こんな所でなにしてんだよ。急に居なくなりやがって…心配したんだかんな!」
「あぁ…わりぃ」
「日向…」



発せられた声に何時もの覇気がない。普段と…さっきまでとは別人みたいに憔悴しきっている日向。


責任を――感じているのだろう。



負けたのは、主将である自分のせいだと、苛んでいるのだろう。事実、オレがここに来てから、一度も目を合わせようとはしてくれない。




そんなこと…ないのに。

敗北は、チーム全体で背負う十字架。主将が―日向一人が、背負うものじゃない。少なくとも、メンバーの誰一人として、日向を責めている者はいない筈だ。オレだって責めてないし(いや、夜は攻めちゃうけど)。



けど、日向はそう思っていない。メンバー全員が自分のせいだと言っていると思って、その全てを身に纏わせるつもりでいる。この塞ぎようを見て、オレは痛感した。




日向の精神は――今、とても脆くなってる。





「ひゅう――」
「なぁ、伊月」



オレの言葉を遮って、日向はオレの名を呼んだ。



「オレ達がやってきたことは、子供の遊びだったのか?」



――子供の遊戯に、毛が生えただけだ。



「オレ達の毎日の練習は、無意味だったのか?」



―――つまらない。相手にならない。



「負けるために、バスケやってきたのか?」



―――調子に乗ってるからこうなるんだよ。



「オレ達はっ…」



―――お前達が弱いだけ。ただそれだけだ。



「なんのためにっ、バスケをやってきたんだよっ…!!」



泣いて叫ぶ日向を見ていられなくて、胸の中に閉じ込めるように力一杯抱き締めた。自分の服が濡れるのも構わずに、ボロボロの日向を掻き抱いた。体温が感じられない冷えきった体はとても弱くて―消えてしまいそうだった。



まさか、ここまで思い詰めているなんて、思わなかった。


試合の後、観戦していた他校生から投げ掛けられた傍観者論と、三大王者達にぶつけられた言葉。その全てを重く受け止めて、反芻して、日向は酷く傷付いたに違いない。




オレだって――あんな言葉を囁かれたら、傷付く。実際、傷付いた。



大敗して――バスケを嫌いになりそうになった。



今までの全てが、否定されたように思えた。





だけど――今の日向を見ていたら、自分の葛藤なんてちっぽけなように思えてしまう。
主将の日向と司令塔のオレとじゃ、受けた傷の差は大きい。そりゃあもう月と日ぐらいに(やべぇきたコレ)。




今の日向を支えてやれるのは、オレだけだ。




「順平、大丈夫だから」



滅多に呼ばない名を呼んで、色を無くした唇に触れるだけの口付けを送る。何度も、何度も。


日向の涙は止まらない。シャワーを止めたのに、日向の瞳から溢れる雫が、体の乾きを許さない。冷水とは違う、暖かな雫が。



「オレ達のやってきたことは、間違いじゃない」



抱き締めたまま、オレは言う。



「今が弱くたって、これから強くなっていけばいいんだから」



オレ達の時間は、まだ終わっていない。



「来年、アイツらをギャフンと言わせてやろうぜ」
「いづきっ…しゅん、俊っ!」
「順平」



縋るようにオレの背に腕を回して、子供のように泣きじゃくる日向。シャワー室に反響する嗚咽。オレは日向の髪にキスを一つ落として、泣き止むまで、日向の側に居た。




今この時だけは『皆の主将』の日向順平じゃなく、『伊月俊の恋人』である日向順平でいれば良い。ずっと秘めていた弱さを、オレの前だけで吐き出してくれればい。





この涙が止まったら、明日からまた一緒に綴って行けばいい。



[勝利]のためのシナリオを―――











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キズだらけのシナリオ
ナイトメア/Criminal baby

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