ところ天の助とヘッポコ丸の関係を一言で言い表すならば、『親友』と表現するのが適切であろう。きっと仲間の誰に聞いても、そう答えるに違いない。


最初は敵同士だったことが嘘のように思えるほど、二人の絆は深い。二人は何時も並んで歩き、部屋も大体同室であった。



天の助の隣はヘッポコ丸。ヘッポコ丸の隣は天の助。それが、至極当たり前となっていた。



月日が過ぎ、お互いに恋人が出来たけれど、親友のというポジションは変わることなく、守られている。









年齢にそぐわずにグスグスと泣き続けるヘポコ丸を見て、天の助は溜め息を吐きながらあやすように背を撫でてやっていた。どんな励ましの言葉を投げ掛けても、ヘッポコ丸の涙は止まらない。体内の水分が全部無くなってしまうんじゃないかと、少々心配になっていた。






破天荒とケンカした時、ヘッポコ丸はよく天の助の元へやって来る。…否、逃げてくる、と言った方が正しいのかもしれないが、とにかく、ヘッポコ丸は天の助を頼ってくる。




何時もなら、ヘッポコ丸はケンカの原因や破天荒に対する愚痴を延々と聞かせる。それは途中からノロケに変わったりするのだけれど――どんなに落ち込んでいようと、怒っていようと、破天荒が迎えに来れば、すぐに仲良く天の助の側を離れていったもんだ(それが少し、悲しかったり)。





それがどうだ。今天の助の目の前に居るヘッポコ丸は、愚痴を零す余裕すらも無く、大粒の涙が止まることなく幾重もの筋を頬に刻んでいる。それに、破天荒が迎えに来る気配すらもない。どうやら、今日のケンカは一筋縄ではいかないようだ。




天の助の元へ来てからも、何も話さずヘッポコ丸は泣き続けている。理由を問うても力無く首を振るだけで全く進展しない。理由すらも分からない今、天の助に出来ることは涙が止まるように背を撫でてやることだけだ。




(ったく、あのデコは一体何を言ったんだか…)




ヘッポコ丸が泣く程だ、きっと最低な暴言を吐いたに違いない。自分の恋人をこんなに泣かせて…全く最低な男だ。



ケンカの原因が何かは知らないが、早く迎えに来てやってほしいものだ。しっかり謝って、仲直りしてほしい。いい加減、親友の泣き顔を見ているのは辛い。




「なぁヘッポコ丸、そろそろ泣き止めよ。ちゃんと話聞くからさ。な?」
「っひく…うぅ…て、てんのすけぇ…」
「はいはいよしよし」
「ううぅ〜〜〜」




慰めようとしたのに、それが余計に涙を誘ってしまったらしく、涙の量が増えた。…なんだか、墓穴を掘った感が否めない。



けれど、どうやら話す気になってくれたらしく、嗚咽混じりにだがゆっくりと話始めた。




「お、おれ、どうしよう…ひっ……き、嫌われた…」
「? なんでそう思うんだ?」
「ひっ必要ないって…嫌いだっ、てぇぇ〜〜わああぁん!!」
「あわわわなな泣くなってば! な? そんなん嘘に決まってるだろ?」
「だってだって! 破天荒の目、冷たかった! もう俺なんて必要とされてないんだ〜〜〜!!」




あああなんか余計に泣かせてしまったあああ。悪かった、聞いた俺が悪かったからこれ以上泣かないでえええ天ちゃん困っちゃうからあああ!




けど、ヘッポコ丸がここまで凹んでる理由は分かったけど、その発言の発端は分からず仕舞いだ。何が原因で『必要ない』『嫌い』という発言に至ったのか、皆目見当がつかない。






辺りに響くヘッポコ丸の泣き声。天の助の体にポタポタと落ちる冷たい涙。






――涙は心のSOS。



心が、痛い痛いと苦しんでいる証。




だけど――この涙を、天の助には止めることが出来ない。




止められるのは――破天荒だけだ。





「あのさ、ヘッポコ丸―」
「…っかった……」
「へ?」








「天の助を、好きになれば良かった…」




アイツの側に居るのが、こんなに辛いなら。







次の慰めの言葉を掛けようとした時に聞こえた呟き。聞き取れずに聞き返せば、次いではっきりと聞こえた己の気持ちを否定する言葉。そこまで思い悩んでいるということなのだろうけれど――その言葉を聞いて、天の助の中に小さな怒りが生まれた。



体温を持たない手でヘッポコ丸の頬を掴み、自分の方へ向かせる。涙で濡れてグチャグチャになった顔が――視線が、初めて交差した。




「それはダメだ、ヘッポコ丸」




諭すように言う。




「そんな事言っちゃダメだ。自分の為にも――破天荒の為にも」
「う、うぅ…ひっくっ…」





時折。




天の助は、年上らしく、宥めるような発言をすることがある。それはヘッポコ丸に対してだけだが、まだ子供のヘッポコ丸にとって、天の助の言葉はとても重く、心に響くことになる。




「もう二度と言うなよ」
「っ…ごめ、なさっ…」




涙をボロボロと零しながらも謝罪の言葉を口にしたヘッポコ丸。その言葉を聞いた天の助はニッコリ笑って、よしよしと頭を撫でながらお手製の『ぬ』のハンカチで涙を拭ってやった。後で痛くならないように、滑らせるように涙を拭っていく。




さぁて、まだ来ないのかなぁあのデコは…。






「ヘッポコ丸」






なんて考えていたら、聞こえた声。二人同時にそちらを見れば、首領パッチとバツの悪そうな顔をした破天荒が立っていた。ヘッポコ丸の名を呼んだのは、破天荒だ。



驚いた顔をしているヘッポコ丸。天の助は何故首領パッチまで居るのか理解出来ず、しかしようやく迎えに来た破天荒の姿に安堵の溜め息を吐いた(遅いっての)。




「は、てん…こ…」
「ごめんな、ヘッポコ丸」




痛いくらいにヘッポコ丸を抱き締めて、破天荒は何度も「ごめん」を繰り返した。最初は戸惑っていたヘッポコ丸だったが、次第に表情が綻んでいき、破天荒の背に腕を回して同じように「ごめん」と言っていた。




仲直り、出来たみたいだな。



天の助は空気を読んで首領パッチと共にその場を離れた。離れながら、首領パッチに色々と事情を聞くことにした。




「なぁ首領パッチ、なんでお前破天荒と居たんだ?」
「可愛い子分が困ってるんだから、首領パッチ様としては力にならないわけにはいかねぇだろ?」
「ふーん」




要約すると、こうだ。



ヘッポコ丸と別れた後、自分の失態を酷く悔いた破天荒は首領パッチに相談を持ち掛けてきたらしい。しかし、残念ながら恋人と大きなケンカをしたことのない首領パッチは、ただ一言だけ、破天荒に告げたらしい。






『そんなもん、謝れば済む話だろ?』







「まぁ首領パッチらしいって言えばらしいか…」
「当たり前だろ〜」
「けどさ、なんで迎えに来るまでこんな時間掛かったんだ?」
「あぁ、アイツめちゃくちゃヘタレで、今更顔向け出来ないとか吐かすから、ちょっと首領パッチエキスを注入してやった」
「あ…あっそ」





なんて哀れなんだ、破天荒。まぁ結果は良かったし…良いのか、な?






「んじゃ、今から俺達の時間だなっ」
「なにがだよ」
「ずっと破天荒達に邪魔されてたんだから、今からは俺達がイチャイチャする番だろ?」
「な…ば、バカ!」


















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