他人が涙を流している現場を偶然見付けてしまった場合、一体どういう対処をすればいいのだろうか…。
ソフトンは、慣れない場面を目撃してしまったことに、困惑するしかなかった。
彼――ヘッポコ丸が前々から悩みを抱えていたことは知っていた。それが、破天荒に対する恋慕のことであることも、知ってはいた。
誰かにそういう……恋心というのだろうか、それを持つ事は当然だと思うし、その対象が同性であることに、ソフトン自身に偏見は持っていなかった。個人の自由だと、割り切っていたからだ。
しかし、募るヘッポコ丸の想いは、破天荒に気付かれていないようだった。…いや、気付いていて敢えて無視しているのかもしれないが…とにかく、破天荒はヘッポコ丸に見向きもせずに、いつも首領パッチの側に居た。それを、ヘッポコ丸はただ遠くから眺める日々だった。
決して叶わぬ想い―――ヘッポコ丸は、苦悩していたかもしれない。このまま受け入れられるか分からない恋心を抱いたまま破天荒と接するのは、とても辛かったのかもしれない。
だから――その全てを忘れたいがために、涙を流しているのだろうか。目の前で声を押し殺して泣く少年の姿が、ソフトンの目にはただ哀れに映っていた。
ヘッポコ丸はソフトンの存在に気付いたけれど、涙を止めようとは、拭おうとはしなかった。――否、止められなかっただけなのかもしれない。
ソフトンはぼんやりとそう思いながら、何も言わずに隣に座った。
掛ける言葉が見つからず、流れる静寂。様子を伺うように覗き込めば、絡まる視線。元の色とは違う赤に縁取られた瞳は酷く痛々しく思えて。
「……聞かないんですか?」
訳を、と少々上擦った声で、ヘッポコ丸はそうソフトンに問い掛ける。彼はそれに小さく首を振り、こう答えた。
「そういう事は、あまり話したくはないだろう。俺も、無理に聞き出す気はない」
それに、聞かずとも理由は察することが出来る。わざわざ言葉という形にさせて、傷を深めることはさせたくなかった。
「…優しいんですね」
アイツとは大違いだ。
そう言って髪をくしゃりと掴んで、また涙を溢れさせた。押し殺しきれなかった嗚咽が、ソフトンの耳を刺激する。
地に斑点を作る涙はそのまま吸い込まれて姿を消していく。しかし涙は止まることを知らず、ヘッポコ丸の頬を濡らし、伝い、地に落ちては消えていく。
ソフトンにその涙を止める術は持ち合わせていないし、拭ってやれる勇気もなかった。彼に出来るのは、側に居てやることと、慰めるように髪を撫でてやることだけ。
「……て………ろう…」
ポツリと呟かれた言葉。それを聞いて、ソフトンは自分の顔が歪んでいくのが分かった。
――こうして泣く程辛いはずなのに、どうしてこの子は。
『どうして…アイツが好きなんだろう…』
――諦めることが、出来ないのだろう。
彼の弱さを垣間見た日。それは、自分のこれからを、考えさせられた日。
――――
涙見た日
アンティック-珈琲店-/リスペクトマミー
→『涙』シリーズ第一話。ヘッポコ丸の片思いを知っていたが、こうして一人で泣いていることは知らなかったソフトンさんの話。