「大っ嫌いだ!」




そう言い放って出て行ったヘッポコ丸を、俺は追い掛けようとはしなかった。そんな気が起こらなかったし、そもそも、追い掛ける必要性を見出だせなかったからだ。





つーか、ケンカしたのに追い掛けてどうすんだよ。





「アホらし…」




取り出した煙草に火を付けて口に銜える。ジリジリと燃える火種からゆらゆらと揺れる紫煙。苛々を掻き消すように大きく吸い込んで、盛大に吐き出す。部屋を満たすように流れる煙は、ゆらゆらと揺れてやがて消えていく。




同じように吸って吐いてを繰り返して徐々に紫煙によって霞んでいく部屋をなんの気無しに眺めて、ふと先程の言葉を思い出してしまう。







『大っ嫌いだ!』





頭に響く、声。








付き合う前――出会ったばかりの頃は、ヘッポコ丸は俺が何かを話す度、意見する度、絡む度、「ウザイ」なり「嫌い」なり、毎回のように投げ掛けられたものだった。





犬猿の仲と仲間内で囁かれていた俺達がどうして惹かれ合って付き合うようになったのかは、もう覚えてない。気付いたら俺はアイツから目が離せなくなっていたし、アイツはアイツで、俺に抱く想いが変化していたから。





付き合ってからも、あの言葉はケンカの度によく言い放たれた。大体のケンカの原因は俺にあったと自覚しているし、だから言われるのは仕方無いと心の中で割り切っていた節もある。それに、言われ過ぎて慣れてしまっていたから、今更言われても特に傷付かなかったし、苛付かなかった。―――けど。





「泣いてたな、アイツ…」





聞き飽きた言の葉に添付された雫を思い出す。アイツを泣かせたのは、そういえば初めてだったような気がする。







今回のケンカも、俺が悪かった。俺の醜い嫉妬が原因だった。




俺と居るよりも、ボーボボやところてんと一緒に居て、ふざけて笑っているアイツの姿に妙に苛々して、何時もなら見ぬふりが出来たのにそれが出来ずに爆発して、それをアイツにモロにぶつけてしまった。―――思い返せば、大人気ないとしか言いようがない。







『どうせお前は、俺よりアイツらの方が良いんだろ?』
『そんなことないって、さっきから言ってるじゃんか!』
『あるだろ。誰が見たって一目瞭然じゃねぇか』
『っ…破天荒は、俺を信じてないのかよ…』
『はん。なに信じろっつーんだよ。お前が俺よりもアイツらと居る方が楽しいと思ってることをか?』
『………もう、いい』






厳密に言ってしまえば、あんなのはケンカとも言わねぇ。ただ俺がアイツを追い詰めただけ。自分の弱さをアイツにぶつけただけ。――俺がアイツを、信じなかっただけだ。





だから。

アイツが泣き出しても、ただ鬱陶しいとしか思わなかったんだ。




『破天荒なんか――』




初めて見た、泣き顔だったのに。






『大っ嫌いだ!』





あんなに傷付けたのも、初めてだったのに。






今まで何回もケンカしてきたけど、アイツが泣くことはなかった。怒って、怒鳴って、宥めて、謝って。それだけだったから。





あんな表情を晒されたのは――初めてだったのに。








泣かせたのは俺だ。



そうさせたのは俺だ。



傷付けたのは、俺だ。








―――言われ慣れたと思っていた。でも、それはいつもの気丈なアイツの言葉だったからだ。普段のアイツの言葉だったからだ。

苛々をぶつけて、傷付けて、泣かせて、普段のアイツを根刮奪った状態でぶつけられた言葉だと、こんなにも重みが違う。






あの言葉が、涙が―――脳内にこびりついて、離れてくれない。






本心からの言葉ではないのかと―――錯覚してしまいそうになる。





「っクソ…」



まだ長いままの煙草を灰皿に押し付けて、急いで部屋を出る。当然だが、廊下にはアイツの姿はない。





「お。出てきた」
「…………なにしてんだ?」




代わりに、旧友の姿があった。






「お前を待ってたんだよ」
「俺を?」
「ヘッポコ丸探してんだろ? ビュティの部屋に居るから、早く迎えに行ってやれ」
「っ……サンキュ」
「もう泣かすなよ」
「おう」




ボーボボに礼を言って、急いで教えられた部屋へ向かう。―――後から聞いた話、ヘッポコ丸が部屋から飛び出した時に、運良くボーボボと嬢ちゃんに出会ったらしい。事情を察したボーボボは、嬢ちゃんにヘッポコ丸を預けて俺を待っていたという。なんか、つくづく迷惑かけちまったみたいだ。






ボーボボの言った通り、ヘッポコ丸は嬢ちゃんの部屋に居た。もう涙は止まっていたけど、瞼は腫れていたし、目はいつもより赤いし、頬には涙の筋が残っていたから、泣いていたという事実は偽れなかった。




「…はてんこ」
「ヘッポコ丸」




嬢ちゃんは俺の姿を見ると、ヘッポコ丸の頭を一撫でして部屋を出ていった。





「あんまりへっくんを泣かせないでくださいね」




そう一言、ボーボボが言い放ったものと同じ、痛い釘を刺してから。










「ごめんな、ヘッポコ丸」




ギュッと細い体を抱き締めて、謝罪の言葉を述べた。ヘッポコ丸は驚いたように体を強ばらせていて。戸惑いを隠せないようで。




そりゃそうだ。
俺がすんなり謝るなんて、これが初めてだからな。





「好きなんだ。俺は、お前が」
「………ん」
「だからさ、頼むから」




頼むから――










「大嫌いとか、言わないでほしい」





情けない姿を晒してんだろうと思う。けど、そんなの構いやしねぇ。多少の恥なんか、捨ててやる。





「愛してる」
「はてんこ…」
「これからも、きっと俺は嫉妬するし、お前を傷付けて泣かせると思う。……けど、お前を愛してんのは、変わらないから」
「………」
「だから―――もう、大嫌いて言うな」
「っ…ごめん、ごめんなさい、破天荒――」




ヘッポコ丸が謝ることではないはずなのに(彼があの言葉を口走ったのは、破天荒が自分を全く信用してくれていなかったが為だ)、謝罪の言葉を口にする。止まったはずの涙がまた頬を伝って、縋るように破天荒の胸に顔を埋めて泣くヘッポコ丸を、破天荒はまた強く抱き締めた。




二人はそれからしばらく言葉を発さず、ヘッポコ丸の涙が止まるまで、抱擁を交わしていた。













その後の二人。




「これからはケンカしても大嫌いは禁句な」
「じゃあ破天荒はあんまり嫉妬するなよ」
「そりゃ無理」
「お前なぁ…」
「好きだから嫉妬すんだよ。許せよバーカ」





結局は、ラブラブなお二人なのでした。















――――
頭を殴る君の声
ナイトメア/MAD BLACK MACHINE

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ