「そろそろ戻るか」
「そうですね。これだけあれば晩御飯には十分でしょうし」
そう言って掲げられたバケツの中には窮屈そうに蠢くたくさんの魚の姿。ボーボボとヘッポコ丸、二人が長時間川辺で粘った結果である。
「ビュティが喜ぶだろうなぁ」
「さぁ、暗くなる前に早くテントに戻ろう」
「はい!」
ヘッポコ丸が釣竿を二本、ボーボボが魚が詰まったバケツを持って、並んで少し離れた場所にあるテントを目指して歩く。長時間川辺に居たためか、気付かぬ内に日が傾き始めていて、木が生い茂った森の中は徐々に遮る光の量が多くなっていく。
それに比例するかのように下がり始めている気温に、ヘッポコ丸は僅かに身震いした。長時間川の側に居たこともあってか、体は少々熱を失っているようだ。
「寒いのか?」
暖を取るように両手を擦り合わせていると、ボーボボが心配そうにそう問い掛けてきた。寒がるヘッポコ丸とは裏腹に、ボーボボはあまり寒さを感じていないように思える。
「川で冷えちゃったみたいで…」
「秋も深くなってきたし、確かに川辺は寒かったな」
「そう言う割りには、ボーボボさんはあんまり寒くなさそうですけど」
「まぁ、俺は大人だからな」
「意味が分かりません」
話していても冷えが引くわけではなく、寒いままだ。ふと空を仰ぎ見れば、厚い雲が太陽を隠してしまう瞬間を目撃した。あっという間に影が地上を覆う。
太陽という光を失い、更に気温が下がったような気がする。いっそ走ってしまえば暖かくなるのだろうが、今の状態で走っても大したスピードは出ないだろう。
「寒い…」
ポツリと声に出してしまうと、更に寒くなってきてしまった。いや、さっきから寒いと感じていたのだから、今更言おうが言わまいが変わりはないような気がするのだが……まぁ、そこは気分の問題である。体感温度の違いである。
そんなヘッポコ丸を見て、ボーボボは
「ヘッポコ丸」
「はい?」
「すぐに暖まる画期的な方法を教えてやろうか?」
と言った。ヘッポコ丸は突拍子な問いに首を傾げる。
「すぐに暖かくなる画期的な方法があるぞ」
「なんですか?」
「簡単だ」
そう言うと、ボーボボはバケツを右手に持ち代え、空いた左手でヘッポコ丸の右手をギュッと握った。突然のボーボボの行動に、ヘッポコ丸は驚いて頬を赤くする。
「え、あ、あの…」
「暖かいだろ?」
「いや、確かに暖かいですけど…」
自分よりも一回り大きいボーボボの手に包まれた右手は確かに暖かい。冷え始めていた自分の手と違い、ボーボボの手はとても暖かかった。その暖かさが心地好く、冷え固まった手がボーボボの体温に融かされていくようだった。
寒がる自分を気遣っての行為なのだろうが、やはり気恥ずかしさは消えてくれない。暖かくなる手とは違う熱で頬が熱くなる。
「最近はゆっくりイチャイチャ出来なかったからな」
「…嬉しそうですね」
「ヘッポコ丸と手を繋げたからな」
嬉々とした様子でボーボボはそう言った。サングラスで見えないが、ボーボボの瞳はきっと喜びで染まっているのだろう。彼は時折子供っぽい仕草でヘッポコ丸に触れてくる。そういう大人らしからぬ一面を見せてくれるのが、ヘッポコ丸は嬉しかったりする。
だから。
今度は自分が、彼を喜ばせてあげたくて。
「ボーボボさん、ちょっと手離してもらって良いですか?」
「なんだ、もう良いのか?」
「そうじゃなくて」
不思議そうにゆっくり離れた手を、今度はヘッポコ丸が追い掛けるようにして握り返す。しかも、さっきまでのような一方的な繋ぎ方ではない。お互いの五本の指を絡ませて繋ぐ、所謂恋人繋ぎと呼ばれるもの。手の平のサイズの分、少々不恰好ではあるけれど。
「この方が、もっと暖かいでしょ?」
これは恋人同士でしか実現しない繋ぎ方。どうせ手を繋ぐなら、暖かく且つお互いを近くに感じられるこの繋ぎ方が良い。
「そう簡単には離れないですし」
「…そうだな」
元より離す気など無いけれど。
ボーボボはクスリと笑って、絡んだ指の熱を確かめるようにゆっくりとなぞる。先程より幾分か暖まったその華奢な手を、簡単に離れられないようにギュッと握った。
――――
ラヴ繋ぎがいい
シド/キャラメル