僕とへっくんは小さい頃から病院生活を送っていて、年が近いからすぐに仲良くなった。お互い、何処が悪いかなんて野暮なことは聞かない。僕らはただ『同じ苦しみを分け合う者』同士、お互いがお互いに何処か惹かれるものがあったのだろう。





「ライス、明日退院って本当?」
「んー、退院っていうか、自宅療養って感じかな。あんまり退院って感じはしないよ」
「へー。でも良かったな、家に帰れるんじゃん」



おめでとう、なんて言いながらお母さんが持って来てくれた苺を頬張るへっくん。屈託ない無垢な笑顔を見て、僕もありがとうと返した。



「何時ぐらいに家に帰るの? あ、はい苺」
「ありがとう。まだ決まってないんだ。お母さんが迎えに来る時間をまた言いに来るって言ってたけどなぁ…でも多分午前中かな」
「午前中か…すぐなんだな」



苺を食べるのを止めて、寂しいなと言って俯いてしまった。そんなへっくんを見ていたら、僕もなんだか寂しくなってしまう。



当然だ。僕らは今まで長期間離れることがなかったのだから。僕の隣にはへっくんが居て、へっくんの隣には僕が居る。それが至極当たり前のこととなってしまっていた。だから、今回の僕の自宅療養は、お互いかけがえのないパートナーが居なくなるのと同等のことなのだ。



「大丈夫だって。僕が家に帰ってもへっくんに会いに来るからさ。だから全然寂しくなんてないよ?」
「……ホント?」
「うん、本当本当」



よしよしと頭を撫でながらそう言えば、へっくんは嬉しそうにニッコリと笑ってくれた。釣られて僕も笑う。


可愛いな…本当に僕と二つしか違わないのかな…?



「じゃあ、指切りしよっ」
「指切り?」
「うん。ライスが退院しても、ちゃんと俺に会いに来るって約束」
「アハ。うん、いいよ」



差し出された小指に自分の小指を絡める。そして、僕らは約束を交わした。嘘吐いたら針千本だからね、なんて釘まで刺された。


心配しなくても、結んだ約束は必ず叶えるよ、へっくん。




それからまた苺を食べながら談笑していると、定期検診の時間になって、僕はへっくんに行ってくるねと言って病室を出た。行ってらっしゃい、と後ろからのへっくんの声を受けて、最後の検診に向かった。

















閉じられた扉を見て、俺は笑顔を消した。ライスを送り出した手を、胸元でギュっと握り締めた。




「ごめん、ライス…」



きっと、結んだ約束は守られない。お前が会いに来てくれても、その時にはきっと俺は居なくなっていると思うから。お前とはきっと、明日でお別れだと思うから。



「せめて、真実を知られる前に、消えてしまえたら…」




どうせ悲しませてしまうなら、全てを知られる前に。







零れた涙は、何に向けて流れたものだったのだろうか…。















翌日。
空は快晴。優しい風が辺りに吹き、冬の寒さを和らげてくれていた。



「じゃあへっくん、また会いに来るからね」
「来なかったらお前の家に針千本送り付けてやるからな」
「アハハ、怖いなぁ」



何時もの入院着ではない、私服姿のライスが目の前に居る。淡い色を基調とした服装は、ライスに良く似合っていてカッコ良かった。




「じゃあねへっくん。また」
「うん、またね」



またね、か。


――それが本当に訪れるのか、分からないけどね。




内心ではそう思いながらも、俺は笑顔を浮かべてライスを見送った。その背中が扉に遮られるまで、その目にライスの姿を焼き付けた。












「本当の事を言わなくて良かったのか?」



午後の検診で、担当医であるボーボボさんにそう問われた。サングラスのせいで瞳は見えなかったけど、なんとなく…全てを見抜かれているような気がしたから正直に話すことにした。



「言えば、ライスに余計な心配掛けちゃいますから。ライスには俺と違って未来があるんだから。重荷になるようなことは言えませんよ」
「なんだ、俺は両思いだと踏んでいたんだがな」
「………どっちにしろ、きっとライスには迷惑ですよ」



――この想いは。きっと。



話ながらも検診は進む。血圧を測って、体温を調べて、薬を投与して…するだけ無駄なのに、と思いながらも俺は身を任せる。



「すまなかったな、力になれなくて」
「先生のせいじゃありません。というか、誰のせいでもないんですよ、この運命は」
「……そうか」



最善を尽くすから、と言われて頭を撫でられた。ライスとは違う、大きな男の手の平。じんわりと伝わってくる温もりに、ライスを思い出した。





ライス。



叶うならば、死ぬ前にもう一度―――
















診察室に響いたのは、怒号。




「どういうことなんですか!?」
「そのままの意味だ。…ヘッポコ丸は…死んだ」



淡々と告げられた残酷な言葉は、僕を絶望のどん底に突き落とすには充分だった。



へっくんが死んだ? どうして? 一週間前は、変わらない笑顔で笑っていたのに…。またねって言って、別れたのに…。



嘘…でしょ? へっくん。




「一ヶ月前から、ヘッポコ丸の病状は悪化の一途を辿っていた。寧ろ、あの歳まで生きていられたのも奇跡に近かった。けど…お前と別れて三日後、容態は急変して…死んだ」
「三日後…そんな、へっくんは何も言ってなかったし、そんな素振りもなかった!」
「お前に心配掛けたくないから、告げないでくれと言われていた。言えばライスが悲しむから、とな」
「そ、な…」



どうして。

どうして気付かなかったのだろう。


何時も一緒に居て、くだらないことを話して、笑っていたのに。




へっくんの苦しみに、気付いてあげられなかった――




「そうだ。お前に渡すものがある」
「え……?」
「ヘッポコ丸からの手紙だ。受け取れ」



白衣の中から取り出されたのは真っ白な封筒。綴られていた名前は、間違いなく僕のもので。



「先生、コレ…」
「息を引き取る直前にヘッポコ丸から受け取ったものだ。何が書かれているかは知らん。自分の目で確かめろ」



そう言われて、僕は封筒を受け取った。へっくんが最期に残した言葉が、この中に入っている。


微かに震える手を叱咤して、僕は便箋を取り出した。

















『ごめんね。大好きだったよ』

















謝罪と、告白。




たった一枚だけ入れられていた便箋に綴られていたのは、簡潔過ぎるもので。だけど、書かれた十文字から伝わるへっくんの思念が、僕の心を容赦なく揺さぶって。



「へっくんっ…!」



泣き崩れる僕の背中を擦ってくれるボーボボ先生の手の平から伝わってくる温もりが、また僕の涙を誘って。




言い出せなかったのであろう想いを綴って伝えてくれたあの子。その返事を伝える術は、僕にはないのに。


伝えて逃げるなんて狡いよ、へっくん。



「僕だって、へっくんのことっ…」



長く一緒に居て、抱いた想い。友達とか仲間とか家族に向ける気持ちと違うことは分かっていたのに…それを告げなかった僕は、卑怯者だったのかな。



止まらない涙と嗚咽は、もう戻らない日々へと消えていった。































――――
「心から好きでした」 言い出せなかったこと
the GazettE/春雪の頃

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