宵闇に星屑一つ
□第七話
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「へえ、この子が」
興味深そうにクロロがイリスを見た。オールバックに黒コートが怖かったのか、イリスは俺の後ろに回って足にしがみついて様子を伺っていた。
「随分と懐かれているんだな」
クロロにからかうようにそう言われて、俺は眉間に皺を寄せた。
「冗談はよせ」
「本当の事じゃないか。なあ、アヌビス?」
「まあ、好かれてるのは事実だよねえ」
ニヤニヤと笑う悪魔が目の前に二人いる。俺は面倒になって二人を無視し、後ろに隠れているイリスに「何をしている?」と訊くことにした。するとイリスがクロロを指差して、小さく一言「悪魔?」と訊いてきた。これには俺もアヌビスも噴出した。
「あ、悪魔…ねえ。確かに見えるよね」
「確かに全身黒だしな…ッ」
「…お前等いい加減にしろよ。…イリス、だったか?俺は悪魔じゃない。この男は本物の天使だけどな」
「おいっ」
それを聞いてイリスの表情はパアッと明るくなり、「やっぱり天使様なんだ!」と手を叩いた。
「だから、俺は天使じゃない」
「人間かどうかはどうでもいいって風だったのに、天使にかんしてはずいぶんと拘るじゃないか」
そういえばそうだね、とアヌビスも首を傾げた。その後、好奇心に満ちた目で「ねぇ、なんで?」と訊ねてきた。
それを見て、俺はもうどうでもよくなった。
「…………ああもう天使でいい」
その途端イリスの表情が輝きアヌビスとクロロはつまらなそうに俺を見た。
「もう少し拘りを持てよ」
「そうだよつまんない」
「いちいちお前達の相手をするのが面倒になっただけだ」
そう言ってため息を吐きながら、イリスを引き剥がした。
「イリス、と言ったな。何故俺をつけるような真似をした?」
イリスの瞳に脅えが一瞬走る。お前は目が冷たいとある天使に言われた事を思い出した。
「あなたが、天使様だと思ったから」
「話にならんな」
そう言い放つと、アヌビスが「ちょっと」と割り込んできた。
「子供相手にその言い方はないんじゃないの?ベル」
「知らん。ならお前が聞けばいいだろう」
そう言って俺はソファーに身を預けた。アヌビスは仕方がない、といった様子でイリスに話しかけ始めた。
クロロはというと、苦笑を洩らしながら俺の隣に腰かけた。
「ベルハガウト、やはり、塵から生まれた人形(アダム)に気を遣うのは嫌か?」
「そういう意味ではない」
昔は、そうだったが。塵から生まれた人形に、何故尊き炎から生まれた我等が従わねばならぬのか。そう言って憚らなかった。
人間を監視する役目を授かった時も、人間の罪を一つ残らず監視するつもりで、下界に降りてきたのだ。
しかし
「人間の娘…ナアマと出会って、俺は変わった。良くも悪くも、な」
「確かレメクの娘…だったか?」
「そこまで知っているのか」
最早驚く事はなかった。きっとこの男に知らぬ事などないのだ。
「死の森に連れられて来た時は、出会わなければ良かったと何度も後悔した」
出会わなければ、俺は寂しさをそうとは知らずに、人間を永遠ともいえる間監視し続けたのだろう。
だが
出会わなければ、寂しさなど知らぬままだった。
出会わなければ、愛しさなど知らぬままだった。
彼女が、全てを教えてくれた。
「俺はもう後悔などしていない。彼女を愛した事を、誇りに思っている」
もう二度と逢う事の出来ない妻を思って、俺は目を瞑る。暗闇に映るのは、愛しい女性。
「…ふふ、ベルハガウト、お前は平気で惚気るタイプの奴なんだな」
クロロが小さく笑い、ああそうなのかもしれないなと、俺も笑った。
愛を知った天使
end