〜みんなの日常〜

□食事はバランスを考えろ
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時系列:
二年目一月~二月(第拾弐章直前)

――――――−…‥











目を覚ますと、真っ白な天井が目の前に広がっていた。


そして首を横に向けると、苦々しい顔の副長と、心配そうな顔の鈴ちゃんが居た。



「山崎さん…!
良かった…」


『ここは…?』


「病院です。
貴方、張り込み中に倒れていたんですよ?」



"張り込み"

鈴ちゃんのその言葉で、俺は大切な事を思い出す。



『っ!! そうだ幸さんは!?
幸さんの弟は!?
どうなったんだ!?』



すると副長が答えた。



「逃げたよ、姉弟揃って金持って。

山崎…俺達ゃあの女に、嵌められたんだよ」


『‥‥‥‥‥。』













思い返す事約一ヶ月前、年明け早々、俺は張り込みを開始した。


…対象は居酒屋「のんべェ」。

店主は楢崎幸。
弟楢崎鈍兵衛は元攘夷浪士であり、組織の金を持ち逃げして、現在は昔の仲間に追われている。

俺達はその弟が、店に逃げ込んで来ると踏んでいるのだ。




【張り込み生活五日目】


食料を買ってアパートに引き上げる途中、うっかり楢崎幸とぶつかり買い物袋を落としてしまった。


彼女は地面に落ちた餡パンを拾ってくれる。

そして美しい顔に柔らかい笑みを浮かべ、言った。


「餡パン、お好きなんですか?」



…好きじゃねーよ

だけど餡パンに牛乳、それが俺の張り込みの作法だ


張り込みが終るまでそれ以外は腹に入れない。

それは八百万の神に捧げる供物。

俺が嫌いだとしても、張り込みの神は餡パンと牛乳が好きなのだから仕方無い。

古今東西の刑事ドラマが示す通りだ。


張り込み成功を祈願し、カレー カツ丼 焼肉 鈴ちゃんの手料理等々…沸き上がる欲求を抑えて、



…あ、副長が来た。


「姉を餌に弟を釣るのは、あんまり気持ちの良くない話ですね。
彼女、普通に良い娘なのに…」

と俺が口にすると、


「姉貴を餌に連中を一網打尽にする汚れ仕事は、俺達がやる」

と彼は言った。



ちなみに鈴ちゃんは元気にしているらしい


なら俺の心配する事は無いか



その日から俺の任務は、「弟及び攘夷組織の連中の動きを報告すると共に、彼女を護り切る事」になった。



だから今日も、俺は餡パンを食らう。




【餡パン生活一五日目】


今日も彼女は人々に笑顔を振り撒く。


その笑顔が此方に向けられた気がしたが、大方お隣さんへのそれだろう。



…ふと思った。


本当にこのまま何も起こらない平和な日々が続いたら、俺はどうなるんだろう

彼女の弟なんかもう全く別の場所に逃げてたりとかしたら、俺はどうなるんだろう



まるで彼女の不幸を願うかのような邪念を振払うように、今日も俺は餡パン食らう。


そして、全部吐き出した。




【あんパン生活二十二日目】


…今日も相変わらず、彼女は暖簾上げ下げ機だ。

アパート前の飲み屋で繰り広げられる光景は、平和極まりないまま何も変わりやしない



…もういい加減にしてくれ
流石に空気を読んでくれ


いつになったら弟来るんだ!!
いつになったら俺はあんパンの呪縛から解放たれるんだ!!
いつになったら鈴ちゃんの美味しい手料理を口にできるんだ!!


弟ォォォ!!
早く来てくれェェ!!
俺をこのエンドレスあんパンから救い出してくれェェ!!


そんな願いを込めて今日も俺はあんパンを、天空へ向けてスパーキング!!



【あんパン生活二十三日目】

スーパーのバイトに向けてスパーキング!!



【あんパン生活二十四日目】

コンビニのバイトに向けてスパーキング!!



【あんパン生活二十五日目】

副長に向けてスパーキィィィング!!!




【あんパン生活二十八日目】


目が覚めると、何故か身体中が血塗れだった。

ここ数日の記憶が無い。
一体俺の身に何が有ったんだろうか。



しかし俺の変化とは裏腹に、やはり娘に動きは無い。


いつもと同じく朝七時に店の前にあんパンを撒き、夕方六時に店のあんパンを上げる。
そして夜あんパン時にあんぱんをあんぱんしあんあんぱんするのだ。

あんぱんにあんぱんはあんぱんであんぱんかあんぱんをあんぱんだ。

あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん…





【あんぱん生活三十日目】


あんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱんあんぱん




【あんぱん生活三十一日目】


気がつくとあんこまみれになって、見たこともないところに立ちつくしていた。

どうやらすう日夢遊病のように、まちを徘徊していたようだ。



もう限界だ
もうがまんできない

任務もくそもしるものか
あんなのれんあげさげ女のことなんてしるものか

おれはひとっ口たりともあんぱんなんてたべたくないんだ!!



すべてがいやになった、もうなにもかもどうでもいい


おれは身じたくをするため、部屋へとむかった。











俺は、涙が止まらなかった。



いつから俺の事に気付いていたのかなんて知らない

どこまで知っているのかなんて知らない


ただ一つだけハッキリしているのは、俺は彼女に"ありがとう"なんて言われる資格が無い事だ

下らない願掛けのために、彼女を見捨てようとしたんだから



その日俺は、張り込みの神様に反逆した。


彼女を護るために。





そして肉じゃが生活三日目。


目を覚ますと、真っ白い天井が目の前に広がっていた…






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