〜短篇集〜

□桜色の約束
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人里離れた山の中、一般人からしたらそこそこ険しいだろう道を進んだ先の、少し開けた場所。

満開の桜に見とれるオレに、アイツは言った。


「お前は…桜が似合うな」

「は? いきなり何変なこと言ってんだよ…別に似合わねーだろ…
つーか!どうしてここに来たんだぁ?
いっつも賞金首だのアジトの建設だの尾獣だのって煩ぇのに、花見なんかしてて良いのかよ」

「いつも煩いのはそっちだ。
…今日はお前の誕生日だろう、飛段。
その祝いだ」

「あ、そっか…」

「やはり忘れていたか」

「あ〜…、ジャシン教においてはよ、人間ってこの世に生きてちゃいけねーんだ。
だからその人間が生まれた日も祝ったりしねーし。
…でも、ありがとうな」

「ああ」

「なぁ…角都…」

「なんだ」

「オレ、また来年もここで花見してぇ。
いや、来年だけじゃなくて、毎年でも良いな…
どうせオレらには時間はたっぷり有んだしよ」

「ふん、良いだろう。
とにかく座れ、酒を注いでやる」

「何々ぃ? 誕生日祝いとは言えやけに優しいじゃん!
なんか気持ち悪いぜぇ、明日は槍でも降ったりしてな!」

「黙れ飛段。殺すぞ」

「だからそれをオレに言うかよ、角都ぅ!
ゲハハハハ!」



…結局、その約束は叶わなかった。
次の年は賞金首との戦闘で花の時期に間に合わなくて、その次の年は異常気象のせいでまだ数輪しか咲いていなくて、
そのまた次の年は…角都は死に、オレはあの暗い森の地中深くに影のガキによって埋められていたから。

それから数年経った頃、なんかよくわかんねーけど穴から出ていた。
オレを生き埋めにした張本人である影のガキ…シカマルがオレの見張りについたものの、そこそこ打ち解ける事ができた。

だけど半世紀もすればそのシカマルも死に、二百年もしない内に隠れ里や忍システムは崩壊し、今じゃ忍術を認識してる奴がいるかどうかも怪しい世の中だ。

一方オレはと言うと、不死ではなくなっていた。
木ノ葉の連中にあの儀式を禁じられずっとしてこなかった事が、どうやら原因らしい。
そしていつしか、ジャシン教を信じるのも止めた。(ペンダントはしてないとなんか落ち着かねーから、今も首に下げてるけど)

百年くらい前からは老化が始まり、更に十年くらい前から徐々に目が見えなくなってきていた。
多分もう、先は長くない。
だからオレはあの約束の桜がある山の麓に引っ越し、あちこちガタがきている躰が許す限り季節に関係無く桜を訪れている。
ここで待っていればアイツが逢いに来てくれるんじゃないか、そんな夢物語みたいな淡い期待を描いて。


…アイツによく言われた「いつか必ず、俺がお前を殺してやる」
普通なら竦み上がってもおかしくないそんな台詞も、正直なところイヤじゃなかった。
今感じているこんな風な「孤独」を、取り去ってくれるって事だから。

まぁ、今殺人をすれば確実に刑務所行きだから、アイツに「殺してほしい」なんて言わないけど、
ただただ無性に…アイツに逢いたくて、アイツの顔が見たくて、アイツの声が聞きたくて、堪らねぇ…


オレな、桜が似合うなってお前に言われた時、ホントはすっげー嬉しかったんだぜ?
だって心のどっかで自分は穢れてるって思ってたのに、あんなに綺麗な桜が似合うだなんてよぉ…

また、言ってくんねーかなぁ…?

けど…やっぱり無理だよなぁ…

アイツは死んだんだ…死んじまったんだよ…


「角都ぅ……」



そしてまた、今年も四月二日がやってきた
桜の花は、あの日と同じに満開だ












「ねぇ、お爺さん。
こんな所で寝ていると風邪引くぞ」


子供に呼ばれ、意識が浮上した。
辺りはまだ明るい。
随分と寝てしまったと思ったけど、実際はそれほどでもなかったみてぇだ。


「…っ、痛た…」


身体を起こそうとすると、骨やら筋肉やらが軋んだ。


「寝るならちゃんと家で寝ないから、そんなことになるんだ。
ほら、手をかしてあげる」


オイオイ、ガキのクセになんか上から目線だな…

そう思いつつ、差し出された手を取り立った。
相手の背は随分低いが、なんだか懐かしい。


「お前こそ、どうして一人でこんなとこに居るんだ?」

「親と一緒に親戚の家に来たんだけど、暇だから散歩していたんだ。
そしたらここに着いた」

「散歩って…道険しかっただろ」

「うん。でも俺、もうすぐ八つだからな」

「そうかそうか、ガキにしちゃあ上出来だなぁ。ゲハハハ!ってうおっ!?」


得意そうな口調と声音が面白くて笑ったら、服の鳩尾辺りをグイッと引っ張られて、前のめりになる。


「ガキって言うな!」


ガキはガキだろ、短気だ奴だなぁ、こちとら年寄りなんだぜ? 危ねぇな

そう言おうと思ったけど、実際は言葉にはなってなくて、俺の視線はガキの顔に釘付けになっていた。
近付いたからやっと分かったんだけど、ソイツの目は大きな吊り目で翠色の虹彩だ。


「なんだ?…俺の顔に何かついてるのか?」


ガキらしからぬ怪訝そうな表情になり、眉間の皺が深さが増した。

あぁ、益々似てるじゃねーか
そう言えば、チャクラの質だって似てるしなぁ


「いや、なんでもねぇ」


服を掴んだままになっていた手を放させて再び桜の根本に腰を下ろすと、ガキも俺の隣に座った。


「そう言うお爺さんこそ、あの道をよく登ってこれたな」

「ん? あぁ、約束したからなぁ、多少の事なら構わねーんだ」

「約束?」

「そうだ、約束だ。
オレの誕生日には、毎年ここで花見するっていうよ」

「ふーん…じゃあ今日がお爺さんの誕生日なのか?」

「まぁな」


霞む目で薄紅色をした桜を仰ぎ見てそう答えると、


「………誕生日おめでとう」

少し間を置いて、隣からそんなぶっきらぼうな言葉が聞こえてきた。


あの日とは違う声だったけど、オレ、すっげー嬉しかったんだぁ…












あの日老人は、親の出張で一年近くを海外で暮らす事に不安を感じていた俺に、円の中に三角形を嵌めたような変なペンダントを御守りだなどと言って渡してきた。
そして俺はそれを返すためと誕生日祝の花見をするために、一年後にまた会う約束をした。

しかし老人は、約束の日には現れなかった。
今思えば相当な歳だったから、死んでしまっていたのだろう。
もしかしたら、自分の死期も悟っていたのかもしれない。

それからというもの、もう会えもしないのに俺は毎年四月二日にここへ来るようになり、早三十年以上が経つ。
その間に山道はある程度整備され、桜は樹齢千年を越すという事もあり隠れた観光名所となっていた。



「さて、そろそろ帰るか…」


日も傾き始め他の観光客も居なくなったので、俺は愛読書を閉じ帰ろうとベンチから腰を上げる。
と、その時だ。

「はぁ〜…やぁっと着いたぜぇ…」

背後から間延びした言葉が聞こえた。
そこにいたのは大きなリュックサックを背負い首からカメラを下げた、二十歳過ぎ程の青年だった。


「ん。あ、おっさん丁度良かった。
突然で悪ぃんだけどさ、ここらで泊まれるとこ教えてくんねぇ?
ホテルでも民宿でも構わねーからよぉ」


…綺麗な顔に似合わず、口調は最悪だな。


「初対面の年上相手に、いきなりおっさんは無いだろう。
それに普通宿を取るなら事前にしておくものだ」

「や、道に迷っちまってさぁ、それで頭いっぱいになって忘れてたんだ」

「…まあ、民宿なら俺の親戚がやっているから案内してやる」

「マジで!? 超スーパーついてるぜ!
て、あ、ちょっと待ってくれ。
これを…撮ってから…な…」


青年はそう言いながら、薄紅色の叢雲のような花を写し始める。


「お前、桜が好きなのか?」


気が付けば、そんな問いが俺の口を突いて出ていた。
たまたま今回の被写体が桜たっただけで、必ずしもそれが好きだとは限らないのに、だ。
しかし青年は首を縦に振った。


「あぁ、好きだぜぇ。桜ってすっげー綺麗なんだもんよ。
だからオレよぉ、花の時期は旅しながら写真撮ってんだ。
あ、そうそう、今まで色んなとこの桜見てきたけどさ、オレはこの桜が一番気に入ったぜ。
なんでかよくわかんねーけど、すっげー懐かしいんだよなぁ」

「奇遇だな、俺もそう思う」


俺はそう答えながら、カメラを下ろして薄紅色を仰ぐ青年の横顔を見遣る。
その瞳の色は、三十年以上も前に一度だけ会ったあの老人と同じ、透き通った葡萄酒のような色だ。


「お前は…桜が似合うな」


思わずぽつりと呟くと、青年は目を見開いた驚きの表情を向けてきた。

まぁ、無理もないか…


「…済まない。
男がこんな事言われても気分は良くないだろう」


そう謝ると、予想に反して青年は破顔した。


「いや…全然構わねーよ。
むしろすっげー嬉しいぜ、ありがとうな!」


頬を桜の色に染めた照れ臭そうなその笑顔は、花が咲き零れるような美しいものだった…




〜桜色の約束・終〜

→後日談と後書き
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