屯所の備品管理庫、
ふと後ろを向くと、俺と同じように在庫確認をしている少女、鈴ちゃんの姿が目に入った。〜俺の恋人〜
『ねぇ、』
傍に寄って声を掛けると、彼女はこちらも見ずに作業を続けながら返事した。
「何ですか?」
『いや、特に用って訳じゃないんだけどさ…』
俺は語尾をぼやかし、低い位置で一つに結われた彼女の癖気味な黒髪を弄る。
「擽ったいのでやめて下さい。
そして用が無いのでしたら仕事に戻って下さい、鬱陶しい」
いつものように、割りとグサリとくる言葉で叱られた。
しかしそんな事で引き下がる俺ではない。
『ねぇ、構ってよ』
最近忙しくて、君と居る時間が少なくて、ちょっと寂しいんだよね
「‥‥‥‥‥。」
無反応。
今度は彼女の右肩に顎を乗せ、甘え声で再度請うてみる。
『構ってほしいな』
すると、俺のうなじの上側に、彼女の右手がフワリと添えられた。
後ろから口付けをねだれば、いつもこうしてくれるのだ。
そして更に左手が、俺の頭頂部に回され…
─ぐぃっ
『んぐぉぅぅぅぇ!!?』
肩で首を圧迫するように、頭を前向けに倒された。
ちょォォォッ!!
『ぐびじまるぐびじまっでる!!』
苦しいって!! 息できないって!!
頭を拘束している腕を絶体絶命のレスラーの如く叩くと、鈴ちゃんはやっと俺を解放してくれる。
『げほっ! げほっ!
…い、いきなり何すんだよ!
キスしてくれるんじゃなかったのォ!?』
「は? キスだぁ?
何フザけた事抜かしてんだ。
私は日頃から、"職務中にこういう事するのは嫌だからやらない、だからそっちもしてくるな"っつってる筈なんだがな。
お前の脳味噌は存在感同様に蟻レベルか、ミジンコレベルか」
そう吐き捨てる彼女の目は、氷のように冷たかった。
『うん、ごめんなさい…』
だけど蟻って…ミジンコって…
確かに存在感は無いけどさ、そこまで言わなくても…
しょんぼりと作業に戻る俺。
はぁ…
やっぱり無駄だったか…
時と場所を考えない事には、何が有ろうとこの娘には通用しない…
と言うか、いつも結構な頻度で副長とかに悪戯してるのに…
『どうしてこういう事には真面目なんだ…』
「おい、口動かす暇が有るなら手ぇ動かせよジミ崎」
しまった、どうやら聞こえてしまったのか。
口調が荒いままだ。
『はい…』
今度こそ、ちゃんと作業しなければ…
「山崎さん、」
それから暫くたった頃、ふと鈴ちゃんに名前を呼ばれる。
振り返ると、彼女は笑みを浮かべていた。
「今日は満月だそうです。
なので夜十時に、私の部屋の屋根の上に来て下さい。
お摘み作って待ってます」
『…うん』
とは言え、気持ちは十分伝わっているようだ。
それが何だか嬉しくて、日中、俺の顔はずっと緩んでいた。
…だからなのか、副長や沖田隊長や原田から「気色悪い」と言われ、局長には「やっぱり好きな女の事を考えると、皆同じ表情になっちまうよな」と同族意識を持たれてしまった。
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