初 恋

□プロローグ
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 彼女は何時も嬉しそうに花壇に向かっている。
 
 それが俺の知る彼女の姿だった。
 
 校内で活動している部活動の中で最も部員が少なく規定人数ギリギリの【家庭科部】。
 
 【料理部】や【手芸部】はちゃんと存在しているのにそれらを全て合わせた様なその部は別名【帰宅部】なんて呼ばれている。

 
 在学して部活紹介等の乗ったパンフレットで見かけたくらいのその部の存在を再認識させられたのは、校内の花壇が県内で優れた評価をされ表彰された時だった。
 
 立海新聞と言う名の新聞部が発行している新聞に小さく載ったその記事には部長が一年生であり、花壇の手入れ等もその部長である一人の少女がした事が書かれてあった。

 
 藤原優美、それが一年生にして【家庭科部】の部長の名前だった。




 
 もうすぐ夏休みがやってくる、そんなある日の放課後。
 
 部活を終え着替えを済ませていざ帰宅しようとしたとき、机に忘れ物をした事を思い出して、弦一郎達に断り急いで取りに戻って帰ってくる道すがら偶然見かけた花壇。

 
 夕日に照らされ水を浴びたばかりの花達が綺麗に光、とても神秘的な空間に見えたそこにいたのが彼女だった。

 
 ドキッとした。


 校内で何度か見かけた事はあった、だけど、その時はこんな風に感じなかった。

 
 彼女はただ、花達に優しく微笑みかけている。
 
 それが、綺麗で胸が高鳴った。

 
 これが、一目惚れというもので、初恋なのだと自覚するのにそう時間はかからなかった。


 
 「また、藤原を見てるのか精市」
 
 「っ・・・・・俺、そんなに長いこと見てたかな?」
 
 「いや、そんなに気にするほどではないが・・・・・」
 
 「そうか、良かった」

 
 こうして部活の休憩中に弦一郎や蓮二に指摘されるのは珍しくない。
 
 二人にはすぐにバレてしまっていた、というかそれを隠す事すら出来ないほど自分に余裕がなかったのだろう。
 

 
 コートから見える場所にある花壇に彼女が水をやりに来るたびに自然と視線を向けてしまう。

 
 「伝えるつもりはないのか?彼女に」
 
 「えっ?」
 
 「黙って動かない精市は珍しくてな」
 
 「・・・・・こればかりは、そう簡単に行動できないよ」
 
 「何故だ?」
 
 「そうだね・・・・怖いから・・・・かな?」
 
 「怖い?」

 
 訝しげにこちらを見てくる弦一郎に苦笑してしまう。

 
 そう、怖いのだ。
 
 もしも、思いを告げて拒絶されたらと思うと怖くて動けない。
 
 こうして見ているだけで癒されているこの時間が無くなってしまうと思うだけで動けないのだ。

 「異性を意識するっていう経験を初めてしているからね・・・・自信もないし、何をどうしたらいいのか手探りな状態で彼女に思いを告げる術がわからない」
 
 「精市」
 
 「笑ってくれていいよ弦一郎・・・・けど、こればかりは・・・・どうにも動けなくてね」

 
 テニスのように夢中になり大切になりつつある彼女の存在は、話すらしたことがないと言うのに日ごと膨らんでいく気がする。

 
 「そんな悠長な事は言ってられなくなるかもしれないな」
 
 「えっ?それはどう言う意味だい蓮二」
 
 「確かな話ではないが、二年の綾瀬浩二先輩が彼女に目をつけてるらしい」
 
 「なっ!?」

 
 綾瀬浩二、俺達の一つ上の先輩であり同じ部に所属しているレギュラーでもある彼は男の目から見ても整った顔をしていると思う。
 
 部活を見学しているギュラリーの女子達の中にファンクラブなんてものがあるくらいの人気の彼が何故彼女を?と思った。

 
 「接点は先日ケガをした時にたまたま保健室にいた彼女に治療してもらった事が切欠らしい」
 
 「そんなッ・・・・」
 
 「特に目立つ訳でも容姿が秀でている訳でもないのに、彼女は人を惹きつけるみたいだな」
 
 「・・・・・・」
 
 「動かないと後悔、するとは俺は思うが」
 
 「俺も蓮二の意見に賛成だ。戦わずして負けるのは男として恥だぞ精市」
 
 「そう・・・・だね」

 
 唐突にそんなことを言われても頭は付いていかない。
 
 だけど、彼女を誰かに奪われる、今のこうしている時間を誰かのものになると思うと、自然と動いた。



 
 あれから一日、彼女にどう話そうかと考えたが何も良い考えなんて浮かばなかった。

 
 ただ、行動は早くしなければならなくて・・・・気持ちだけが逸っていた。

 
 放課後になり、部活に行く前に向かったのは花壇。
 
 裏庭にあるその花壇には彼女の姿があった。
 
 胸がドキドキする。
 
 緊張して、緊張して、情けない事に手も震えている。

 
 「あの、ちょっといいかな?」
 
 「は、はい!?」

 
 声をかければ驚いたように彼女がゆっくりと振り返った。

 間近でしかも声まできけて緊張は更に増す。
 
 だけど、ここで逃げるわけにもいかなくて。

 
 「突然でごめん、だけど・・・・どうしても伝えたくて、少し時間いいかな?」
 
 「は、はい」
 
 「藤原さん、ずっと君の事が好きだったんだ・・・・俺と・・・・付き合ってくれないかな?」
 
 「えっ!?」

 
 俺の言葉に驚いたように彼女はこちらを凝視した。
 
 それもそうだろ、話どころかちゃんとこうして対面したのだって初めてのような俺に突然そんなことを言われて驚かないほうが可笑しい。

 
 「あ、あの・・・・人違いでは・・・」
 
 「ううん、君で間違いないよ藤原優美さん」
 
 「えっとあの・・・・ごめんなさい」

 
 答えなんて初めから決まっていたようなものだ。
 
 彼女のこの答えは間違いないと思う。
 
 だけど、俺は自分で思っていた以上に諦めが悪いみたいだ。
 
 ココで、引き下がりたくないと思った。

 
 「理由を聞いてもいいかな?」
 
 「あの、その・・・私は、貴方の事をよくしらなくて・・・・・・き、気持ちは凄く嬉しいのですが・・・・だけど・・・・」
 
 「そうか、なら・・・・付き合ってみて俺を知ってくれないかな?」
 
 「えっ!?」
 
 「俺は、知らないからって理由で・・・・君を諦めたくないんだっ」

 
 必死だった。
 
 テニスでもこんなに必死になったことはないと言うほど、必死だった。
 
 次に繋げたくて、ココで終わりになんかしたくなくて・・・・。


 「あの・・・・本当に私なんかでいいのですか?」
 
 「君だからいいんだ」
 
 「っ・・・・・お、お友達からで・・・いいなら」
 
 「えっ?」
 
 「お友達から・・・・貴方を知る時間を頂けるなら・・・・お願いします」

 
 目の前にいる彼女は顔を真っ赤にしていてとても可愛らしい、だけど、きっと彼女の目の前にいる俺も同じくらいに顔が赤いと思う。
 
 彼女の言葉が嬉しくて、気持ちが高ぶって込上げてくる。

 
 「あっあの!?」
 
 「ごめんっ・・・・情けないけど・・・ホッとして・・・・ごめっ・・・ッ」

 
 生まれて初めての告白、大成功ではなく辛うじて次に繋がったくらいのその返事、だけど嬉しくて情けないけど、泣いてしまった。
 
 そんな俺を見て慌てながらもそっと彼女が差し出してくれたハンカチは花の香りなのかとても良い匂いがして、俺の大好きな水色をしていた。


 
 もうすぐ夏がくる、これが俺と彼女の始まりだった。

 To Be Continued
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