幸せのカタチU

□第三十八話
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 強い力で引っ張られて思いっきり後ろの壁へと押し付けられる。

 背中に感じた鈍い痛みに思わずイラッとして目の前でこちらを親の敵をみるような目で見ている男を睨み返す。


 「いきなりどう言うつもりだい跡部?」

 「幸村テメー……アイツを、優美を泣かせたな!」

 「は?意味がわからないんだけど?」

 「とぼけるな!どれだけ一緒にいたと思ってだ?アイツが泣いたかどうかなんて顔みりゃ一発でわかる!アイツが泣くなんて、テメー、何しやがった!」


 ダンッと顔の横の壁を殴られて幸村は跡部を不機嫌そうに睨み掴まれた肩の手を思いっきり払いのけた。

 確かに彼女、藤原優美は泣いていた。

 だが、それは自分のせいではない。

 跡部と優美がどれだけ一緒にいたのかなんて知りたくもないが、一目で彼女が泣いた事に気がつく跡部にイラつきが更に増す。


 「彼女を泣かせたのは俺じゃないよ!」

 「アーン!?じゃあ誰だって言うんだ!」

 「彼女の後見人ってヤツだよ!」

 「後見人!?来てたのかココに!?」

 「ああ」

 「何処にいる!」

 「知らないよ、さっさと帰ったようだけど」



 幸村がそう応えると漸く跡部は詰め寄っていた幸村から離れる。

 不機嫌そうな顔はそのままで跡部は何かを考えるように立っている。



 「どんな男だった?」

 「会った事はないのかい?」

 「ああ、情報でしか知らない」

 「跡部、取引しないか?」

 「取引だと?」

 「彼女が何故泣いたのか話す代わりに彼女の事と後見人について教えて欲しい」

 「…………いいだろう」



 跡部が返事を待ち幸村は先程みた事をそのまま跡部に話す。

 思う事感じる事が似ているのだろう、苛立ちを押えられないように跡部は近くの木を拳で殴りつける。

 気持ちはわからなくもない。

 傍で見ていた自分も握り締めた拳を彼女が止めなければあの嫌な笑い方をする後見人の男にぶつけていただろうから。




 「お前の目から見てどう思った?」

 「え?まあ、出来れば二度と彼女に近づかせたくないね」

 「思っていた以上に最悪な野郎みたいだな」

 「どんなヤツなんだい?」

 「名前は神野光。27歳で天才青年実業家なんて言われている。一人で興した会社が一年後にはウチと張る位、急成長した大企業の社長。色んなメディアに手を出しては成功を収めてる。優美の母親の弟で優美の唯一の肉親だ」

 「彼女は随分アイツを嫌っていたようだけど」

 「だな、俺が出会った時からもう優美はそんな感じだったから理由はしらねぇが、どうせ碌な理由じゃないだろうよ」

 「ねぇ、跡部」

 「あーん?」

 「優美には本当にアイツしか肉親はいないのかい?」

 「どう言う意味だ?」

 「いや、ただちょっと気になってね」

 「…………父方も母方にもアイツには肉親はあの男以外いない。書類上では」

 「どう言う意味だい?」

 「アイツは、優美は、たまに兄弟がいたような口ぶりをする事がある」

 「え?」



 跡部はそっと木に背中を預けて目を閉じる。

 そう、彼女はたまにそんな態度や口調で話す。

 それは出会った頃からずっと跡部が気にかかっていた事だった。



 「どんなに調べても優美に兄弟がいた形跡がない。両親と優美の三人家族としてしか書類上には情報が出てこない」

 「前にうちの妹が彼女に世話になった時にね、物言いが弟か妹がいるような感じに聞こえたんだ」

 「弟だろうな、タブン」

 「でも、そんな情報はないだろう?」

 「ああ、けど。アイツの様子からして説明がつかなくてな」

 「彼女はまだ色々抱えてそうだね」

 「ああ」



 もっと頼ってくれたらいいのにと思う。

 どんなことでも伸ばされた手は何があっても掴んでやるのにと。

 悲しまないように何だってしてやるのにと。

 それでも、彼女はきっとそれを望まない。



 「アイツの事は諦めろ幸村」

 「それはこっちの台詞だよ跡部」





 以前とマンションのロビーであった時とは違いハッキリとそれを口にすると跡部は鋭い視線を向けてくる。

 今更諦められる訳がない、そんな簡単な想いではなくなっている自覚がハッキリとある。


 「俺はなぁ幸村、もうアイツがどんなにそれを望んだとしても絶対に手放せない所まできちまってんだよ」

 「俺だって彼女のことを諦めるなんて選択肢とうの昔に無くしてる」

 「テニスでは戦えなかったが、アイツは絶対に渡さない」

 「俺だって彼女を絶対に誰にも渡す気はないよ」


 お互いに思う気持ちは強い。

 だからこそ気に入らないのだ。

 そっとポケットから取り出した携帯を取り出し狎れた様子で電話をかける。


 「俺だ、今日はお疲れ」



 譲れないからこそハッキリと見せ付ける。

 自分が今どう言う位置にいるのかを。



 「ククッ、今日『泊まる』いいだろ?」

 「!?」

 「ああ、わかった。校門の外で待ってる、じゃあ後でな優美」



 そっと切った通話。

 普段は見せない顔、優しく微笑み電話を切るとそっと幸村に視線を向けて笑う。


 「今アイツに一番近いのは俺様だ、この位置を俺は絶対に誰にも譲らねぇ」


 それだけ言うと跡部は去っていった。

 その後ろを姿を見て幸村は先程まで跡部が立っていた傍にあった木を思いっきり殴りつける。

 何となくわかっていた事だ、だけど、こうもハッキリと見せ付けられると苛立ちでどうにかなりそうだった。


 To Be Continued

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