幸せのカタチU
□第三十五話
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学園祭本番当日。
朝から憂鬱な気持ちでオープン準備をしているクラスメート達をジッと見つめ本日何度目かのため息をつく。
自分の手には1つの紙袋があり、今の自分の憂鬱な原因である。
出来ることなら今すぐにでもこの紙袋を焼却炉に投げ込み灰にしたい所なのだが、困っていた所を救ってもらった手前、それは出来ないこのジレンマ。
「どうした藤原?そんな所にボーッと突っ立て」
「へっ?あ、ごめん。なんでもない」
「なんだそれ衣装か?だったら早く着替えて来いよ?もうすぐ一般入場開始するんだぞ?」
「あ、うん」
もう諦めるしかないのかと盛大な溜息をついて更衣室へと向かった。
自分が着ないからと高を括って好き放題させたのがいけなかった事を今更嘆いても仕方がないとわかっているが、文句の一つも言いたくなっても仕方がない。
白とピンクのフリフリレースのメイド服。
まさかこの歳になってこんなモノを人前で着なければならない日が来ようとは誰が想像しただろうか。
綺麗に仕立てられたメイド服の袖に手を通しながら口から出る溜息の数は明らかに多い。
別に容姿が可愛い訳でもない自分がメイド服を着たところで可もなく不可しかないように思う。
どうしてこんなモノを跡部が見たがるのかまったく理解に苦しむ。
鏡に映った自分の姿に本日一番大きな溜息をついて更衣室を後にした。
自分と同じ格好をした女子がいるだけで最初はあれだけ嫌だったのだが、数時間もすれば慣れてしまうから人間とは恐ろしい。
忙しくて気にしている余裕が無くなったとも言うけど。
とにかく昼過ぎまで何の問題もなく作業をしていた。
昨日とは違い一人でまったり静かに昼食を食べて満足した気分で午後の作業に取り掛かった。
この時点で朝の憂鬱の最大の問題を忘れていた私は何と愚かだろう。
注文の品をトレーに乗せて運ぼうとしていた私は、女子達の黄色い悲鳴を聞いて何事かと視線を教室の出入り口に向けて絶句した。
すぐさま近くにいた接客係りの女子にトレーを渡して裏へと逃げ込む。
忘れていた!本気で忘れていた!!
否、考えたくなくて消し去ってた。
わざわざお供をつれて他校に馬鹿みたいに堂々と現れたのは、跡部景吾。
周囲の女子の声なんてまるで聞こえていないように教室の中に入ってくると一番奥のテーブルに座る。
目立っている、本当に嫌になるほど目立っている。
ドン引きだ。
これは逃げたい、いや逃げよう。
そう思った時、接客係りの子達が戸惑っている中、平然と跡部の元にいく姿に思わず足が止まる。
中原絵里香は跡部と顔見知りなのか微笑みながら声をかけていた。
他校のテニス部員とマネージャーなら練習試合か何かで面識があったのかもしれない。
だけど非常に面白くないと思ったその時、中原さん越しに跡部と目があった。
目を見開き驚いたようにこちらを見た後、とても嫌な爽やか笑顔を見せる。
周囲の女子からまた悲鳴がある。
改めて思う、私は……逃げ遅れた。
「このクラスに藤原優美ってヤツがいるだろ?そいつを呼んでくれ」
「えっ!?藤原さん?あっ跡部君、藤原さんと知り合いなの!?」
「まあな」
驚愕と言った顔で戻ってくる中原さん。
来るだろうとは知っていたが、逃げたいとか何とか隠れればとかそんな事ばかりを考えていたせいで、会った時のことなんか考えてなかった。
こんなに目立つとわかっていたら最初から待ち合わせでもして、どこか適当な場所でこの姿を見せてバイバイすれば被害は最小限だった筈なのに。
「藤原さん、跡部君が呼んでるよ」
「う、うん……ハァ」
どんなにうだうだ考えても後の祭り。
この状況はどうすることも出来ないだろう。
訝しげにこちらを見てくる中原さんの視線を無視して私は覚悟を決めて跡部のもとへと向かった。
そこは確かに教室の中にある、即席で作ったテーブルなのに跡部がいるだけで何処かの高級店のように見えてしまうのは絶対に気のせいじゃない。
周囲にかなり注目されていて、本当は近づきたくもないのだけれども、約束は約束だと腹をくくる。
「いらっしゃいませ」
「…………」
「なっなによ」
「いや、思った通り似合ってる」
「お世辞はいらない」
「アーン?俺は世辞なんて言わねー」
「だったら目がおかしい、似合ってるっていうのはさっき貴方を接客した子みたいな人のことを言うんだよ」
「中原か?」
「………知り合いだったの?」
「ああ、前に練習試合をした時に話した」
「そう」
並んでいる二人はとても絵になっていた。
やっぱり跡部には同年代の子が似合うなんて苦笑した次の瞬間だった。
「キャーーーーーーーアッ」
聞こえてくる悲鳴。
何が起きてるのかわからない。
グイッと手を引かれた。
突然の事でバランスを崩して倒れこんだのは……。
「なっなっなっ何してんのよ!?」
「優美、お前また思考暴走しやがったな?」
「はぁ!?どうでもいいから離してッ!すっごい注目浴びてるから!」
「俺はお前だけでいい、他人とどうこうなんか考えるな」
この男は本当になんなんだろうか。
この状況で平然と悠然にそうしてアッサリハッキリ言った。
真っ直ぐにこちらを見て、そして愛しいとその瞳で語りながら優しく微笑む。
その瞬間の悲鳴は本日一番の大きさだった。
顔に熱が集まる。
なんて顔してなんて事を言うのだろう。
何とか抵抗してその腕から逃げる。
嬉しそうに幸せそうに笑う。
未だ離してくれない手。
「わかったか?」
「わっわかったから離して」
「本当か?」
「本当だからッ離してッ」
「ククッ」
悔しい、本当に悔しい。
注文された紅茶を運びながらまるで一枚の絵画のように綺麗な跡部に負けた気分でいっぱいだった。
それから自分の担当の時間までいったん別れる。
跡部はどうやら氷帝の何時ものメンバー達と来ていたらしく一旦そちらに合流しにいった。
私はと言うと、大勢の女子の質問攻めに合いグッタリで、さっさと着替えてこの状況から逃げ出そうとした。
だけど、不意に静かになった周囲、不思議に思い視線を上げて絶句する。
「やあ優美、間に合ったみたいで良かった」
「なっ……ん……で……」
お客も落ち着いてきた教室内、出入り口から入ってきたのは似非神。
ゾッとするほど綺麗な顔で微笑を浮かべてこちらに歩いてくる。
周囲にいた女子達は言葉を失ったようにその姿を見つめている。
「何しにきたのよ」
「何って君のメイド服姿を見に?」
「ふざけないで!」
「せっかく可愛い格好しているのに、そんな風に声を上げるものじゃないよ優美」
「ッ!」
「ね?」
グッと逃げられた手の痛みに吐き気がした。
勝手にクラスメートに私を連れ出す事を告げて似非神は私の手を引く。
振り払いたいのに出来ない。
何でコイツがこんな場所に、しかも人に見える姿で現れた意図がわからなくて怖い。
傍にいたくないと思うのに怖くて手が振りほどけない。
連れて行かれたのは空き教室。
ココが空き教室だと何で知っているなんて質問はするまでもない。
コイツはこんなヤツでも神だというのだから。
「何の目的できたのよ」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてこちらを見る似非神、それに苛々しながら掴まれていた手を漸く振り払えた。
強めに掴まれていたせいで手首が痛い。
「目的はさっき言っただろ?」
「冗談でしょ?」
「本当だよ?」
「私を笑いにきただけな訳がないじゃない!態々人にその姿を見せて何がしたいのよアンタ!」
「クスクスご機嫌斜めだね」
「答えて!」
そう大きな声で言うと、クスクスと笑っていた声が止まる。
下を向いて笑っていたその顔を上げると、思わず一歩後ろに下がってしまうほど冷たい顔。
無言でこちらに来ると再度手を掴まれる。
「発情期の猫みたいに騒ぐなよ」
「なんですって?」
「俺は本当に見に来ただけだよお前を、お前達を」
「ッ」
「でも、そうだな……それだけじゃあつまらないか……」
「なに……ンッ!?」
冷たく笑ったと思った次の瞬間、あっという間に距離を詰められて唇が重なる。
あまりのことに突き飛ばそうとするが抱きしめられてそれが出来ない。
信じられない力で拘束される。
触れている唇はまるで自分の意思を無視しているように勝手に開き似非神を受け入れる。
身体がいうことを聞かない。
嫌だ、こんなの嫌だッ。
不快感と恐怖と色々な感情に涙が流れた時、後ろでガタッと大きな音がした。
【あとがき】