恋物語

□第六話
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 『転校生と白石が付き合い出した』


 その噂は驚く程にあっと言う間に広まった。

 朝練を終えて二人で並んで教室へと向かう道中、コソコソと自分達を見て話をしている生徒達を見て優美は苦笑する。

 皆の憧れの存在を奪ってしまった事への罪悪感はある。

 チラッと隣を歩く白石へと視線を向ければ得にそんな視線にも気にした様子が無い所を見てるとこの視線が気にならないのかと不思議に思う。

 それとも、見られている事に慣れているのかもしれない。


 そんな所も……。


 「こらぁ」

 「えっ?」

 「今、彼と俺比べたやろ?」

 「!!」

 「やっぱしな、自分顔に出すぎやで?バレバレや」

 「ごっごめんなさい」

 「いや、別に誤らんでええけど……そやな、次にまた俺と彼を比べたら、その度に俺のお願い一個聞いてもらうってのはどうや?」

 「ええ!?」

 「おん、ええやん。よし、そうしよう」



 一人満足そうに納得してしまった白石を止めようとするが、手段がなく結局その案が採用される事になった。

 ハァと思わずため息が出る。

 誰かと比べられるのは誰だって嫌な事だろう、それをしている自分に反論する権利なんてない。



 「藤原さん……うーん、そや!付き合いだした訳やし、苗字呼びも変な話やんな?なら今から名前で呼ぶけど、嫌やない?」

 「い、嫌じゃないけど」

 「良かった、んで、さっきの俺のお願いは優美が俺の事を名前で呼ぶって事にするわ!」

 「え!!?私の事を呼び捨てにするのがお願いじゃないの?」

 「ん?それは付き合いだしたから当然やろ?せやからお願いちゃうよ」

 「!?」



 そんな馬鹿なである。

 サラと笑顔で言ってのけた白石は結構いい性格をしているらしい。

 発言を撤回させる理由も見つからず、私が白石を名前で呼ぶ事は拒否できそうにない。



 「呼んでみて?」

 「えっ!?い、今から!?」

 「そ、ほら」

 「えっと………くっ……蔵ノ介くん」

 「ッ」

 「よっ呼び捨ては……むっ…無理……です」

 「そっそう?しゃっ……しゃーないな」



 言いながらだんだん恥ずかしくて赤面してしまうのは何でか自分でもわからなかった。

 だけど、こうも意識して名前を呼ぶなんて誰でも恥ずかしいのではないだろうか?

 不思議なのは言った私よりも呼ばれた白石の方が何故か赤面しているような気がする。


 「お前等な……急になに始めたかと思ったら、何や!?あれか!?初心コントかッ!?」

 「うわっ!?なんや謙也おったんか!?」

 「最初からずーーーーっとおるわ!!隣のクラスやっちゅー話や!!」



 その発言で漸く、忍足謙也の存在を思い出した。

 朝練が終わって忍足と白石は部活の話やお笑いの話をしながら教室に向かうのが普通らしく、その中にいれさせて貰っているのに白石の『ビックリ提案』でその存在を忘れてしまっていた。

 余計に気恥ずかしくて俯く。


 忍足と別れて教室に入れば、集まる視線。

 それを気にしないようにして自分の席につく。

 改めて彼等が人気がある事を知った。


 4時間目の授業が終わり、鞄の中からお弁当を取り出した時だった。


 「藤原さん、ちょっとええかな?」

 「え?」


 転入してから多分、一度も話した事がないクラスの女子に声をかけられて一瞬手が止まる。


 「委員会の事で話があるんよ」

 「はぁ」

 「したら、先に屋上行っとくから弁当貸し」

 「え?あ、うん、ありがとう」



 今日は屋上で一緒にお弁当を食べようと誘われていた。

 私のお弁当を持って出て行く白石にお礼を言って私は女子に着いて教室を後にする。

 向かっている先が裏庭だと気が付いた時、これから起こるだろう展開が容易に想像出来た。



 予想は的中、連れて行かれた裏庭には五人の女子が立っていた。

 全員が化粧バリバリしていて、本当に数年前まで小学生だったのかと思わず突っ込みたくなる。

 化粧なんて大人になれば嫌でもしなければならないと言うのに。



 「アンタが藤原さん?」

 「はい」

 「へぇ、噂通り綺麗な顔してるやん」



 そう言った子はこちらに厳しい視線を向けてくる。

 綺麗なのは貴方では?と思わず言いたくなるくらい綺麗な子だった。



 「あんたさ、どう言うつもりなん?」

 「え?」

 「あんた、蔵と付きおうてるんやろ?どういうつもりで蔵にちょっかいかけてるんか聞いてるんやけど?」


 他の子とは何となく違う気がした。

 真っ直ぐこちらに向けてくる視線は何処までも真剣だ。


 「ちょっかいなんてかけているつもりはないですよ」

 「はぁ!?」

 「調子にのんなや!」



 マシンガントークとはまさにこの事を言うのだろう。

 物凄い勢いで捲くし立てる彼女達に対して、口を挟めない。

 こんな状況なのに、何か物凄く関心してしまった。

 だけど、そんな彼女達を黙らせて綺麗な顔をしたその子は、睨むようにこちらを見据えて口を開いた。


 「アンタ、本気とちゃうやろ」



 その言葉に胸がズキッと痛む。

 彼女の視線が痛い。

 何となくだけど、彼女が本気で白石を思っているのがわかった気がした。

 でも、だからと言って……。



 「本気だよ?」



 そう言った瞬間、カッとした彼女は思いっきり振り上げた手で私の頬を叩いた。

 辺りが静かになる。

 頬がズキズキした。

 ゆっくりと視線を向けば彼女は怒りで震えるその手で私を壁へと突き飛ばす。



 「そんな顔でッ……ようも好きやなんて言えるな!!蔵の事馬鹿にするんやめてや!!」



 真剣だから許せない、そんな感じだった。

 向けられる感情の全てが痛い。



 だけど。



 自分だって真剣だった、真剣に恋していた。

 その恋の為に全てを捨ててココにいる。



 「何とか言いや!!」


 ズルイなんて誰に言われなくても自分が一番よくわかっている。

 こんなことは間違っているとわかっている。
 だけど、もう限界だったんだから仕方がないじゃない。



 「そんな所で転入生一人囲んで何の委員の話なんや?」

 「!!」



 聞こえてきた声、そしてそっと手を握ってくる。

 それだけで、泣きたくなった。

 どうして彼は何時も、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっている時に助けてくれるのだろうか。

 庇うように前に出た白石の背中は大きく見える。

 そっと、シャツを掴めば驚いたようにこちらを振り返る白石。

 そして、心配そうにそっと頬に触れる。



 「頬赤なっとる、叩かれたんか?」

 「………」

 「加奈、どういうつもりや?」

 「蔵!!こんな子と付き合うやなんて本気なん!?」

 「加奈、お前先にもっと言う事あるんちゃうんか?」

 「蔵ッ」



 二人のやり取りを聞いていて彼女が周囲の女子と違う理由がわかった。

 他の女子より彼女はきっと白石との距離が近いのだろう。

 そう思うと余計に心が苦しくなる。

 きっともしかしたら、白石と彼女が付き合っていたかもしれない。

 幸村の傍に彼女がいたように。

 結局、何処にも私の居場所なんて……。



 「こんな場所に優美を呼び出してお前等六人で囲んで、一体何の話や?」

 「それはッ」

 「白石君、聞いてコレにはッ」



 必死で何かを話している白石達の声が何処か遠く感じる。

 もういい、どうでもいい。

 そっと掴んでいたシャツを離す。

 すると白石はこちらを見て何かを言いかけそれをやめると離した私の手を再度取り、強く握り締めた。



 「委員の用なんて嘘なんやろ?やったら優美は連れて行くわ、昼飯食う時間のうなってしまう」

 「待ってよ蔵!!」

 「時間ないし、話したくない」




 冷たくそう言うと白石は私の手を引い屋上へと歩いていく。

 その間何も言わない。

 階段を上がり、たどり着いた屋上。

 お茶とお弁当が置かれたそこに行くなり白石は私を抱きしめた。



 「しっ白石君!?」

 「ゴメンッ!!」

 「え!?」

 「もっと早く気づくべきやった」

 「いいよ、私は大丈夫」

 「大丈夫ちゃう」

 「え?」

 「大丈夫とちゃうやろ?」



 そう言って一度身体を離して真っ直ぐ見てくる白石の視線は優しい。

 優しく頬に触れて、それから再度抱きしめられる。



 「大丈夫じゃなくてええんや」

 「ッ」



 何処までも優しい。

 抱きしめてくれるその温もりに涙が出る。

 なんで、どうして。

 私こんなに貴方に酷い事をしているのに、どうしてそんなに優しくしてれるの。



 「白石君、やっぱり」

 「ストップ、それ以上は言わんでくれ、聞きたぁない」

 「けどっ」

 「何回も言うやろう?利用したらええって。俺はそれを望んでるって」

 「ッ」

 「優美が・・・離れていく方が俺は嫌や」



 強くだけど優しく抱きしめられる。

 その温もりは今の自分にはとても救いで、本当はもう白石を自分から離す事なんて出来ないのかもしれない。

 そっと握られる手。



 「頼むから、離さんでくれ」

 「・・・・うんッ」

 「約束やで?」




 ホッとしたような声でそう言われて再度頷く。

 繋いだ手と抱きしめられた身体、冷たくなった心を暖めてくれる、そんな気がした。 


 To Be Continued
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