Game

□十
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 「それじゃあ、彼女が目を覚ますまでは探索は中止と言う事でいいかな?」

 「問題ない」

 「それが妥当でしょう」

 「問題ないで」


 各校の部長達が集まり話し合った結果、暫くの間はテニスをする予定へと変更された。

 優美の対価の肩代わりをしたあの日から2日が過ぎた。

 身体に残ったダメージは消えて漸くテニスをしても支障はない位には回復した。

 だけど、あの日から彼女はずっと眠り続けている。


 こんな状態の彼女が何かあった時に対応出来る訳もなく、全員が納得して同意した。



 「話は決まったな、忍足」

 「なんや?」

 「メニューについては昨日話した通り頼む」

 「あいよ」


 
 そう言って指示を忍足に任せると跡部はスタスタと何冊かの本を持って体育館を出て行った。



 「今日もですか?」

 「まあ、しゃあないちゃう?」

 「うむ」



 『全て俺の責任だ、本当にすまない』



 そう体育館に戻った跡部は謝罪した。

 元の世界に戻る為に急ぎたい所だけど、彼女があんな状態ではそれもままならないからと言い、予定が遅れる事は自分の責任だと跡部が謝罪した時はその場にいた全員が絶句だった。

 


 「ちょっと待ってよ景吾!!」

 「あーん?」

 ぐいっと手を引かれて思わず跡部は不快そうな声を出して振り返り、そこにいたのが彼女、久保春香だとわかると足を止めた。


 「どうした?」

 「どうしたって……景吾、また保健室に行くの?」

 「ああ、そうだが?」

 「なんで!?どうして景吾がそんなに頻繁に様子を見に行かないといけないの!?」

 「どうしてって、当たり前だろ?」

 「当たり前?そんな事ないでしょ!?」




 春香が何を言おうとしているのかがわからなくて訝しげに跡部は視線を向ける。

 あの日、跡部を治療してから2日、優美は未だに眠り続けている。

 一向に目を覚まさない彼女を心配してヘルプを使って確認すれば、今は体力を回復している為に目を覚まさない事がわかり、そこにいた全員が安堵した。


 それから時間さえあれば彼女が眠っている保健室に通っている。

 何も出来ないけど、何かせずにはいられなくて。



 「彼女はただ治療する役割だから治療しただけでしょ?なのに、どうして景吾がそんなに責任を感じないといけないの?彼女は立海生なんだから立海の人達に任せたらいいじゃない!!」



 その瞬間、コイツは何を言っているんだ?と不快になった。

 知りたくない春香の嫌な一面を見た気がした。

 それを本気で言っているのだろうかと跡部は春香を凝視する。

 二日前、自分は春香を庇って感染した。

 その事に後悔はしていない、むしろ守れて良かったとすら思った。

 だけど、感染を治療する行為を知っていたからこそ躊躇した。

 自分がそう言う事をする時は愛しいと心から思った女だけだと決めていた。

 春香とそう言う事をしていないのに他の女なんてと身勝手な理由で感染を黙っていた結果、ホワイトである藤原優美は死にかけた。

 現在も未だ眠ったままである。

 レベル4それがどれだけ大変な事になるかなんて幸村に指摘される必要もないくらい少し考えればわかった筈なのに。


 散々、ベットの上で苦しんでいる彼女を知っていて自分がした判断は決して許されるものではない。



 『私なんかで本当にごめんなさいッ』



 彼女が謝罪する事なんて何もないのに、それでも彼女はすまなそうにそう言った。

 そっと自分の服を握ったその手は微かに震えていた。

 例え自分とする行為が初めてでなくとも、彼女はその行為に慣れる事はないのだろうとそう思った。


 慣れる訳はない。


 愛する人とする行為ならまだしも、何とも思っていない、それどころか話すらした事もないような相手としなければならないのだから。

 慣れるどころか、嫌悪すらしても可笑しくないのに。


 治療する役割?なんだそれ?

 何時から彼女が治療するのが当然と言う事になっているのだろうか?



 あの行為は決して強制ではない。

 今、自分がこうして普通に生活していられるのは優美のおかげである。

 穢れの対価、半分で更にそれを8人で分割して跡部達は失神した。

 あんな痛覚を更に酷くして毎回やっていると言うなら、自分だったら自己都合で酷い目あっている人間なんて捨てたかもしれない。



 『ゆきっ・・・むらくッ・・・ヤッ』



 決めた人間としかしたくないなんて、それは、自分だけではないと言う事に考え至らなかった。

 それをどうして同じ女である春香が平然と口に出来るのか、それが信じられなかった。
 



 自分は本当に目の前にいる女の何を見ていたのだろうか。



 容姿端麗、成績優秀、人望もあると文句の付け所のない女、それが久保春香だった。

 同じ部で同じクラス、意識するのは必然。

 一緒にいて愛しいと思えた、だから将来すら真剣に考えていた。


 だけど。



 「あんな子が景吾とセックスして私がどんな気持ちなのかもっと考えてよ!!」


 知らないから仕方がないと思う、穢れの対価の事を知らないから。

 だけど、それでも目の前の愛しいと思っていた筈の春香に対しての気持ちが一気に冷めていくのを感じた。


 他人の事よりも自分の事、それは普通なのかもしれないけれど、それでも優美がそうであるようにもう少し他者に向ける優しさが欲しかったと思うのは贅沢な話なのだろうか。


 『一緒に元の世界に帰ろうね、跡部君』


 その為だけに色々飲み込んで優美は自分を救ってくれた。



 掴まれている手にすら不快感を感じる。



 「離せよ」

 「景吾?」

 「手、離せって言ってる」

 「待って、景吾!」



 離さない事に焦れて少し乱暴に手を振りほどいた。

 自分が自分の考えを優先した結果、未だに優美を苦しめていると言うのに、それを春香は当然だと言う。



 「春香、別れよう」

 「は!?なっなんで!?ちょっと待ってよ景吾!!何で急に!」

 「お前は悪くねぇよ、俺が全部悪い。悪かったな」

 「待って!!嫌よ景吾!私別れない!!もっと話そう!ねぇ景吾!!」



 後ろで泣き叫んでいる春香を無視して跡部はそのまま保健室へと向かった。

 罪悪感はあるけれど後悔はなかった。

 窮地に立たされて初めて色々見えてくる、それは昔祖父に言われた言葉。



 『景吾が無事でよかった』



 たったその一言で良かった。

 それが欲しかっただけ。

 何とも言えない気持ち、振り切るように保健室のドアを開け中に入ると無意識のうちに乱暴にドアを閉めてしまいハッ我に返る。

 奥にある部屋に行きカーテンを開ければ未だ静かに眠っている優美がいる。



 何時ものように傍にある椅子に座る。



 世界に慣れていない身体には限界だった、それを判断したとかで優美の対価の支払いは体力が戻って目を覚ましてからと特例が提要されたと『天の声』がそう言っていた。


 目を覚ましたら優美は苦しむ事になる。

 そう思うと何時もココで泣いてしまう。

 情けなくて、不甲斐なくて、あんな判断をした馬鹿な自分を殴り飛ばしたくて。



 大きな溜息が出た。



 自分がした選択が目の前にいる一人の女子を苦しめる結果になった。

 その事実があの日からずっと自分の中に残っている。


 そして、優美を苦しめた事実に対しては罪悪があるが、自分がそう思った事に対して間違っていないと胸を張って言えれば、こんなに苦しむ事はなかったかもしれない。

 だけど、自分はハッキリと後悔している。

 その選択が間違っていたと。


 だから、ずっと胸が苦しくて仕方がなかった。。



 再度溜息をついて持ってきた本を開いた。

 その時だった。



 「ん……」

 「!?」



 持っていた本を椅子に置きバッとベットへと駆け寄る。

 瞼が震えて二日ぶりに優美の瞳が開いた。

 ボーッとした感じで視線を彷徨わせている。



 「藤原!?」

 「………あ、……あとべく……」

 「大丈夫か!?」



 ずっと眠っていたせいか喋り辛そうな様子に跡部は近くにあった水筒からコップに水を入れて渡す。

 身体を起こすのに手を貸すと、小さくお礼を言われる。

 コクコクと水を飲んだ後に一息つくと優美はそっと視線を跡部に向ける。



 「大丈夫か!?すぐに他の奴等呼んでくる、待ってろ!」

 「あ・・・跡部くん」

 「なんだ!?」

 「無事で良かった・・・本当に良かった」

 「ッ・・・よ、良くねぇだろ・・・俺のせいでお前はあんな目にあったって言うのに・・・藤原、本当に悪かった」

 「ううん・・・謝らないで下さい、それより跡部くんが無事で良かった」



 その言葉を求めた女はくれなかった、だけどそれを当たり前のように口にした優美。

 優美の瞳から落ちた涙が胸を切なくさせる。

 他人の事を思って泣ける人間なんだなと苦笑して、そっとその涙を指で拭く。


 「藤原、先に言わなければいけなかった、俺を助けてくれて礼を言う。ありがとう」

 「どう、いたしまして」


 そう言って微笑んだ優美に胸が熱くなった。

 バッとその自分よりも小さな身体を抱きしめる。

 涙が零れ落ちる。

 何度も繰り返し謝罪する跡部の背中を最初は戸惑っていた優美だが、暫くして跡部が泣いている事に気が付き、ポンポンとあやす様に撫でた、それがまた余計に涙を流させる。



 「一緒に帰りましょう」

 「…ッ……ああッ」



 ずっと背負っていた重荷を下ろされた気がした。

 自分がした事がなかった事になる訳じゃないけれど、それでも、優美は気持ちを軽くしてくれた。

 苦しかった、なのにそれを言葉一つで癒してくれた。


 
 全員無事に守って、このふざけた世界から抜け出すなんて豪語していたくせに、自分を守ってくれたのは腕の中の女の子。

 それを責めるのではなく、無事な事を純粋に安堵してくれた。

 あんな目にあったと言うのに、それを気にした様子もなく気遣う言葉が出るのは彼女の優しさからだろう。

 その優しさに自分は何度も救われた。



 「大丈夫です、大丈夫」



 その言葉に相槌を打ちながら跡部はただ、ただ涙を流した。


 To Be Continued

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