星に集うものたち [一]

□歌う翼 編
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 東才は苛立っていた。
 眉間に深い皺を刻み、闘戯場裏の控え室の隅で舌打ちをする彼は、周りから微妙に浮いている。深みのある濃紺の髪と鋭い目付きが、彼を纏うどこか堅い雰囲気を更に増長させていた。面立ちのみを見れば繊細に整っているのだが、眉間の皺を増やすぐらいにしか表情を変えない無愛想さが、勿体ないことに彼の印象を著しく損ねている。
 故意にそうしているのか、人を寄せ付けないのが常の東才だったが、今日は特に苛付きが激しいようで、その表情はいつにも増して刺々しい。
 それというのも、東才は一月前に降格処分を受け、闘戯者目録からその名をから外されたばかりだったのだ。思い出してまたもやチッと舌打ちをしていると、不意にそんな東才の背後に立つ者があった。

「しけたツラしてんなあ……東才」

 振り向いた東才の目に映ったのは、戦戯の同期である威才という男の姿だった。重たく響く声とは裏腹に、彼の口調は身内に対するかのように親しげだ。

「うるさい……ですよ、威才鼎佐。負け犬なんか引き連れて、俺に何か用ですか?」

 厭味ったらしく言葉尻を整えて、東才は敢えて無表情に返す。そんな彼を鼻で笑いつつも、威才はきつい三白眼をすっと細めた。大柄なせいで元々威圧的な男ではあったが、獅子の鬣のような薄金の頭髪が伸びたせいか、彼を纏う空気は以前より凄味を増している気がする。けれど東才は怯まず、彼を端然と睨み上げた。
 ぴりぴりとした不機嫌な空気を纏う東才よりも、実はこの威才の方が、切れると非常に厄介な男だった。それは戦戯時代から有名で、彼を無駄に怒らせないようにと、誰もが遠巻きに眺めていたものだ。

「……す、すみませんでした……僕、簡単に負けてしまって……」

 その時、睨み合う二人の間に子供のような高い声が割り込んだ。威才の背後から顔を覗かせた小柄の少年が、声の主だ。赤茶の髪をぴょんぴょんと跳ねさせた彼は、名をカスカという。
 カスカはしょんぼりとした顔で謝罪すると、傲然とした様子の威才と、不貞腐れて椅子の背に凭れる東才を、何度も見比べた。それを威才は瞳で止める。

「謝るなカスカ。……東才、お前にだって分かってんだろ。ちゃんと闘を見てたのか?」

 カスカを庇うように言った威才の言葉に、東才はくっきりと眉間の皺を深くした。

「あんな浮ついた闘が見られるか。よりにもよって舞戯者に負けるなんて……」

 東才は普段から、そのように舞戯者を罵っていた。彼は自分の言葉で苛つきを煽ってしまったのか、更に渋く顔を歪ませる。
 闘戯者試験本選、二百四十三試合目。
 試験は勝ち抜き戦となる。つまり、一度負けた時点でその年はもうお終いという事だ。闘戯者は年に百名と決められており、戦績の悪い者がその中から数人落とされ、入れ替えとなる。それに合わせて鼎に昇格した者が穴を空けた――今回は一人だが、それを埋める人数が、闘戯者試験の合格規定人数だ。
 今期は合計、十一名。

「悪くない闘だったぜ。あれなら負けても仕方ねえよ……命は無事なんだから、来年また受ければいい話だ。な? カスカ」

 唯一自分の事だけを甘やかす威才の慰めに、カスカは唇を噛み締めるようにして頷いた。
 しかし気楽にそんな事を言う威才自身が、今期の新鼎なのだ。東才はそんな二人の生ぬるいやり取りを、苦虫を噛み潰したような顔で睥睨していた。
 威才の戦績は、戦戯隊時代から東才より多少上を行っていた。しかしここまで引き離されるとは、正直まったく思っていなかった。威才には三年遅れたとはいえ、昨年自分も闘戯者になり、やっと追い付いたと思っていたのに……。
そもそも東才がこんなザマになってしまったのは、年始めに北部の青嵐鎮圧に繰り出され、そこで足に大怪我を負ってしまったせいだ。それなりの成績で闘戯者に選出されたというのに、おかげで東才はその年の闘に一度も出る事ができなかった。故にこの一年の闘を不戦敗と見なされ、闘戯者目録からその名を外されてしまう次第となったのだ。
 闘戯者試験には何度でも志願できるのがせめてもの救いだが、だからと言ってそう手放しで喜べるものでもない。一度受かった闘戯者試験を再度受け直すなど、そんな馬鹿馬鹿しい事があるだろうか。
 うんざりと俯く東才に向かって、威才は珍しく気遣わしげな言葉を掛けた。

「いいじゃねえか、今回また闘戯者になればいいだけのことだ。お前なら問題ないだろ」

 けれど彼のその他人事のような言い様に、東才は一層むっつりと黙り込んだ。しかも半笑いのままの威才が余計な台詞まで付け足して来るから、東才は思わず、はっと顔を上げる。

「とは思うが……万一という可能性も出て来たぜ?」

「どういう意味だ……、ですか?」

 まるで挑発するようににやりと言った威才に、東才は大袈裟に眉を顰めた。けれど押し殺した低い声に対して、威才は意味深に笑うだけで答えない。
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