星に集うものたち [ニ]

□君影草 編
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「……お前もいたのか」

 扉を開くなりそう言った峰寿は、ちらりとその人物を見やる。
「お前」と呼ばれた絲軌は眉をひょいと持ち上げただけで、何も言わなかった。お世辞にも上機嫌とは言い難い峰寿の後ろから、飛喃も静かに顔を出す。

「まったく、慌ただしいことですね」

 他人事のように呟いたのは、この部屋の主――絲軌の傍に佇む空蘭だった。

「訊きたいことが山ほどあるんだが」

 前置きなくそう切り出した峰寿は、部屋の扉に軽く背を預ける。

「私も話したいことがあります」

 峰寿の放つ剣呑とした空気にも怯まず、空蘭は穏やかな笑いみでそれに答えた。それでも注意深く彼の顔を見据えれば、口調のほか穏やかではない彼の心中が、その表情に透けて見える。

「しかしそれより前に、報告しなければならない別件があります」

 艶やかな長い黒髪を耳にかけながら、空蘭は来客者に対し手振りだけで椅子を薦める。渋い顔をしながらも、峰寿は背後の飛喃を振り返り、目顔で促した。素直に椅子に飛喃に腰掛ける飛喃に続いて、峰寿は自分もその向かいに腰掛ける。
 絲軌は座る気配なく、そのまま窓際に立ち尽くし窓の外を眺めていた。そんな珍しい絲軌の様子を見ても特に何も言わず、空蘭は口を開く。

「時間がないので手短に申しますよ」

「好きにしろ」と低く呟いた峰寿はざくりと前髪を掻き上げる。なんて事ないように振る舞いながらも、飛喃はその小さな仕草の一つ一つに彼の疲労を見付けていた。
 あれから丸一晩。
 青嵐から馬を飛ばして帰ったその足で、真っ直ぐに空蘭の元へと向かう峰寿の後ろ姿を、飛喃はずっと見つめていた。その背はぴんと張り詰めて、痛々しいほどだった。
 彼は飛喃には何も告げなかった。
 しかし峰寿は、黙って傍にいようとする飛喃を、以前のように遠ざけようとはしなかった。信頼と共にその背を預けてくれる峰寿の姿に胸が震え、飛喃は静かな幸福感を噛み締めていた。
 しかしそんな気分に浸っていられたのも束の間。
 空蘭の言葉で、飛喃は深刻な現実に連れ戻される。

「――紅騎が闘戯者を殺め、戦覇の威才と証闘をしたそうです」

 衝撃の事実をさらりと言ってのけた空蘭に、飛喃は驚く暇もなかった。正直よく意味が掴めず、ちらりと向かいの峰寿の顔を盗み見る。

「……なんだそれは」

 短くそう呟いた峰寿は、飛喃と同様に訳が分からないのだろう。怪訝な顔付きのままぼそりと一言そう呟いただけだった。空蘭はそれでも尚、淡々と言葉を重ねる。

「威才付きの微佳という闘戯者を大廊下の諍いで殺してしまったらしいですね……おまけに負けて、今は戦覇の虜となっているとか」

 峰寿はやはりその言葉に返答する事なく、黙り込む。
 ……怒りで我を忘れた威才を相手にすれば、それはそういう結果になるだろう。
 思わずそんな事を考えるが、しかし今重要なのはそこではない。

「生きてるのか」

 証闘で命を賭けて闘った者を殺さずにおくとは、威才は一体どういうつもりなのだろうか。疑問に眉を寄せる峰寿に向かって、空蘭は補足した。

「盟拠は相手のその体、ということらしいですよ。そういう意味では、まだ生きている保障はないかもしれませんね」

 その説明を聞いて、峰寿は今度こそ呆れ返って口を噤むしかなかった。
 捕虜か。それでは威才は、本物の復讐の闘をしたのだ。完璧な、恨みの闘を。
 やっと事実を呑み込めたのはいいが、今度はその浅ましさに眩暈しそうになる。それでも戦戯時代から威才が付き従えていた少年の姿ならなんとなく見覚えがあるから、峰寿は額に手をやったまま瞑目するしかなかった。
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