白日の夢
□白日の夢
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霧雨が、辺り一面を白っぽく霞ませている。 湿った草の薫りが鼻先をくすぐった。
楽雅は、膝の辺りまで生い茂った葦の群れを掻き分けるようにして進んだ。小さな露をいくつも乗せた細い葉が、一歩進む度に大きくしなる。泥濘に足を取られるような感覚があったが、休みはしなかった。
そうして薄暗い中でも、楽雅はすぐにその背中を見付けた。
それこそが、楽雅が探し続けた人の姿だったから。
「……」
すぐには言葉が出てこなかった。
その薄い肩はこの朝の霧に晒されていたのか、しっとりとした湿り気を纏っている。けれど顔は見えない。
「……朝霞」
楽雅は静かに、彼の名前を呼んだ。
すると彼は、弾かれたように振り返る。
『楽雅鼎佐……』
彼は猫のように大きな目を剥いてそう呟くと、次の瞬間にはすぐに拗ねた表情になり、こちらを睨んだ。
『……遅いですよ』
水の中にいるみたいに、その声は耳の奥で谺して、視界もぐらりと歪む。だけどその光景はあまりにも美しくて、とても現実とは思えなかった。楽雅が頭の中で作りだした幻想なのかもしれない。
朝霞の濃茶の髪は雫を吸って、鮮やかに煌めいている。彼の大きな瞳にゆっくりと水分が溜まり、肩も細かく震えはじめた。
それを見た楽雅もまた、唇を噛み締める。
「……忘れものだ」
低い声で、楽雅はやっとのことそれだけ言った。けれど言葉と共に差し出した美しい剣を、彼は受け取らなかった。朝霞はじっとその剣を見つめ、息をそろそろと吐き出すと、込み上げる様々な感情を堪えているらしかった。
しかし数秒の後、ついにその表情を緩め、力なく笑ってくれる。
――俺たちはあまりにも不器用で、どうしようもなく愚かだったけれど。
いつだってお互いのことを、思っていた。
……思っていた。
溜め息を一つ落として。
朝霞が困ったように目を細めると、暗澹たる空に射し込んだ光は突如として凄まじい大きさに膨れ上がった。それは瞬く間に辺りを眩しい緑の丘陵へと変える。
無邪気な朝霞の笑顔は陽炎のように揺らめく光に包まれて、また揺蕩う霧に戻り、視界を曖昧にしていくのだった。