□VirTuaL LoVe
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 多くの黒い下僕たちを従えた赤い瞳を持つ男のことを、人は様々な名で呼ぶ。臣下の者たちは「我が君」と呼びかけ、敵対する者たちは「闇の帝王」と畏怖を表す。男は自身を「ヴォルデモート卿」と名乗った。そのうちの何れにも彼の人の真の名は存在しない。今や彼をあのおぞましき名(もっとも、そう思っているのは彼のみである)で呼ぶ者もない。

「―――変わってしまったね、我らが友は」
 群臣の集いから少し距離を取って壁に凭れていたアブラクサスは、帝王を注視したまま隣に立つオリオンに声を掛けた。同じく壁に凭れ、腕を組んで瞑目していたオリオンは、彼を横目で見遣る。
「もっとも、あれが本来の彼なのかもしれないけれど」
 アブラクサスとオリオンは、帝王の級友だ。他の下僕達とは比べられぬ立場に身をおいているからこそのその発言は、多分に揶喩を含んでいた。オリオンはその言葉に頷くことも否定することもなく肩を竦めてみせる。
「ねぇ、君はどう思う」
「どう、とは?」
「いまの彼の姿のを、さ」
「……別にどうも」
「思ってない? そんなはずがあるものか」
 薄く笑って肩を竦めたアブラクサスは、被っていた黒いフードを外した。あらわになった端正な顔は、苦々しく歪んでいる。
「彼は以前にもまして独りだ―――」
 昔から他人に心を許すことなどほとんどない男だった。その下にこれだけの人間が集い得たのはひとえに彼の能力に因るものである。無論アブラクサスもそれについては了解している。―――しかし、だ。
「君も解るだろう。成り上がり、人の上に立つと言うことは存外難しいことではない。真に成り難きは、その地位を保ち続けることだ」
 アブラクサスとオリオンは共に名家の当主という立場にある。人心を掌握し従わせ続けることがどれだけ困難であるかは、嫌というほど理解している。―――血族の中でさえ容易なことではないのだ。恐怖と思想によって組織された軍団秩序がどの程度強固なものであるか、高が知れているとさえアブラクサスには思える。
「私は最近、案じられてならなくてね―――」
 アブラクサスもオリオンも、ずいぶんと歳を取った。その美しい容姿を誉めそやされた二人の顔には深い皺が刻み込まれており、かつてのようなやんちゃをする元気もない。
「もし君と私が死んだ時、この中に最期まで彼に付き従う者は―――彼を愛してくれる者は、果たしてどれほどいるのだろう、とね」
「愛、か」
「ああ。愛さ」
 言葉を反芻したオリオンに、アブラクサスは沈痛な面持ちで頷いてみせた。
「私たちが与えつづけ、そして哀しいかな、彼が拒みつづけた、ね」

 穢れた血を根絶やしに、と声高に宣った帝王に、黒い下僕たちが興奮したように鬨を上げる。
 帝王のたった二人の旧友は、その様子を静かに見つめていた。






VirTuaL LoVe
(ねぇトム、恐怖では人の心を支配出来ないのだよ)








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