□意地っ張りの帰る家
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意地っ張りの帰る家

「おはようございます幸村さま」
淡く優しい微笑をたたえた海野が幸村の寝室に行くのは、毎日の習慣だった。海野が彼の小姓となった日の翌日から十数年間、それは一日もかかさずなされている。
この話を幸村から聞いたとき、鎌之助などは律儀な奴だと感心し、また同時に呆れもしたものだ。
そして今朝もまた海野は、敬愛(むしろ狂愛)する主君を起こしにいそいそと広間を後にした。
「うー……、おはよう六」
「おはようございます。今日はいい天気ですよ」
「……ん……」
まだ半分夢の中にいるような幸村に微笑みかけ、海野はテキパキと主の身支度を整えていく。気まぐれから海野についてきていた鎌之助は少し驚いたように傍観していた。
「……あぁ、鎌之助。珍しいな。おはよう」
次第に覚醒してきたのか幸村は障子の手前に立つ鎌之助に微笑を見せた。この笑顔を向けられては驚きを隠さない間抜け面もなりを潜める他ない。
「おはよーございます」
「今日も美しいな」
「やだァ、幸村さまったら。お百合、照れちゃう」
幸村の本気か天然かよく分からない言葉に、鎌之助は嬉しそうに身をよじった。ちなみに鎌之助は今、女装をしていない。しかしこの主従はそうやって朝の挨拶を交す。見慣れているとは言え、海野は思わず溜め息を漏らした。

「六、佐助と才蔵から何か知らせはあったか?」
「いいえ。もしかしたら、そのまま戻って来るかもしれません」
幸村と海野の会話を聞きながら鎌之助は二日ほど前に探索に出掛けた二人を考えた。彼等は、江戸幕府の動向を知るべく江戸城下に赴いていた。
鎌之助が探索に出るときは一、二ヶ月は庵に戻らない。しかし佐助と才蔵は少なくとも三日おきに庵に報告に来る。幸村の顔を見るがためだ。二人は海野ほどではないにしろ、主を慕っている。
「鎌之助、そろそろまた西の情勢を探ってきて欲しい」
「あいよ」
幸村の言葉に頷いて、鎌之助は主君の部屋を後にした。





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