□花守
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「何処か、具合でも悪いのか」
 唐突にかけられた言葉に、青年は答える代わりにいぶかしげな表情をしてみせた。闇色のフードを外し、散らばったプラチナブロンドを鬱陶しそうに掻き上げながら、男は微かに口元に淡い笑みを浮かべて続ける。
「さっき一瞬、攻撃するのを躊躇ったろう、セブルス」
「……そんなことは、」
「なかった? そう、それならば私の思い過ごしかな」
 男は安堵したように肩をすくめてみせる。学生の頃の癖か、そのついでにセブルスの頭を撫でようとするが、嫌そうに身を引かれて止まる。セブルスからしてみれば、男の目に見える安心さえ、容易に信じられるものではないのだろう。閉心術を自らに施した彼はその無感動な瞳に警戒の意を湛えて、ひたと男の白く美しい面を見据えた。
「お前は直ぐに何でも一人で抱え込む―――あまり賢明ではないと思うがね」
「心配は結構です、ルシウス。それは苦痛では、ありませんし」
 愛想のない返事に、ルシウスは僅かばかり困ったように首を傾げて見せた。この男は、そんな小さな挙動一つを取っても美しく、―――其れを自覚しているのだから大したものである。ルシウス・マルフォイほど人の目を気にし、またそれを最大限に有効活用する者も居るまいと、セブルスは学生の時分から常々思っていた。
「おべっかを使えとは言わないが、梟の羽一枚分くらい、愛想を見せる気にならないのかい」
「……性に合いません」
 心底嫌そうに即答するセブルスに、さしものルシウスも溜め息を漏らす。
「まったくお前はそうして………おや、」
 ルシウスはセブルスの肩越しに認めたらしく、僅かばかり目を見張って首を傾けた。つられて振り返る双眸に、白い「何か」が映り込む。
「百合の花……、だね。花言葉は威厳・純潔・無垢」
「はあ、」
「お前はさっき、無意識のうちに此れを助けたのかもしれないね」
 曖昧に頷くセブルスに笑みを見せて、ルシウスは少し離れて咲いている数輪の白百合に歩み寄った。
「そんなことは、あるはずがない」
「だから、無意識のうちにと言ったろう」
 言ってすくめた肩口を、さらりとプラチナブロンドが滑る。ルシウスはその場に跪いて、純白の花弁を冠する茎のうち一本を静かに手折った。それから一本くらいは赦してくれるだろう、と言い訳して、黒い髪を掛けた耳に其れを挿す。

「……面白いほどお前は似合わないなあ」
「そりゃあそうでしょう。花ならば、貴方の方が余程似合う」
「ふふ、かわいらしいよ」
「いま似合わないと言ったばかりでしょう、白々しい」
 くつくつと笑声を漏らすルシウスに、セブルスは不機嫌そうに顔をしかめる。そのまま耳から外そうとする彼の手を制して、

「拗ねるなよ。―――似合わなかろうが、其れはお前の花だ」

 少しばかり哀しげに微笑って頭を撫でてくるルシウスに、セブルスは口を噤んだ。此処には居ない面影が、一瞬間も空けず脳裏をよぎるのを苦々しく思う。
「おこがましいことです。―――こんなに清らかな花に、私は似合わない男だ」
 苦渋を自嘲にすり替えて、セブルスは静かにそれだけ、呟いた。









花守
(それでも君の心は、その花に焦がれている)






fin...,

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