□嘘
1ページ/1ページ


 往時と比して衰退したとは言え、旧家の当主の葬式は大々的に行われた。
 教会の中は故人の生前の写真で彩られ、酷く賑やかだ―――それらの写真が皆、黒い額縁の中に嵌め込まれているという点を除いては、だが。

 誰も彼も醜く年老いた。中には故人の学生の頃より因縁のある顔も見受けられたけれど、かつての諍いさえも想い出話になってしまうほどに。中央に掲げられた巨大な写真の中の故人もそれは同様で、最も若く美しかった時分の面影はない。それでも穏やかな笑みを浮かべる姿は、この上なく気品に満ち溢れていた。
 このような表情をするとは、故人は随分と変わってしまったようだ。若い頃の彼は低俗で、傲慢であった。―――そしてそれが堪らなく、魅力的だったのである。





 黒いワンピースを着せられたあたしがおばあちゃんに連れて来られたのは、新聞なんかでよく見かける著名人の葬式だった。
 その人がどんなことをした人なのか、あまり新聞を読まないあたしは知らない。おばあちゃんが知り合いだったことさえ初耳だった。だけれど、参列しているのは政治家だとか、有名人だとか、とにかく『スゴイ』人ばかりだから、きっとこの人も『スゴイ』人なんだと思う。同時に、こんなに派手な葬式を催すくらいだから、相当なお金持ちなんだろうとも予想が出来た。
 あたしの家は昔から貧乏でも金持ちでもない。おばあちゃんは『純血』であることを誇りにしているけれど、今のご時世そんなのを気にするのは古い考え方だ。現に、(おばあちゃんには内緒にしていることだけど)あたしのボーイフレンドはマグルの生まれだ。
 お金持ちの知り合いもあまりいないから彼等の生活はよく分からない。だけど、お金持ちにはお金持ちの苦労があるんだろうと思った。葬式に参列している人の中には、明らかに死んだ人を悼んでいない人が多々見受けられるからだ。あたしにだって分かる。死を悲しむはずの場までが、立身出世の機会として利用されているあのおじいさんは、一体どう思っているのだろう。会場の中央に掲げられた遺影を見る限り、上品で優しそうなおじいさんだった。
 あたしは、さっきから黙ったままのおばあちゃんを見た。自分の利益のために動いている訳でも、遺族のように泣いている訳でもないおばあちゃんは、ただじっと遺影を凝視しているだけだ。だから、あたしはおばあちゃんとおじいさんがどんな繋がりの知り合いなのか、予想もできないでいた。そして、何で孫のあたしを連れてきたのかさえも。

 不意に立ち上がって歩き出したおばあちゃんは一枚の写真の前で足を止めた。プラチナブロンドの、二十歳くらいの青年が高慢ちきにソファに腰掛けている写真だ。人っていうのは年と共に随分と印象が変わってしまうものだと思った。写真の中の青年は、高飛車な感じだけれど、とてもハンサムだ。
 青年はおばあちゃんに気が付くと、幾度か目をしばたき、横に立つあたしの顔を見た。それからすぐに驚いたようにおばあちゃんをもう一度見て、
『―――パンジー、なのか』
 おばあちゃんの名を、呼んだ。
 おばあちゃんは沢山の皺に埋もれた双眸を少しだけ潤ませて、満足げに口角を持ち上げた。
「愛してなんか、なかったわよ」
 他にもっと言うことがあるだろうに、おばあちゃんは凛とした声で青年にそう言い放つ。その不躾な言葉に、黒い額縁の中の男は困ったように顔をしかめてから、晩年のような穏やかな笑みを見せた。

『……ああ、知っていた』

 あたしはおばあちゃんと彼が一体どんな関係だったのか知らない。恋人同士だったのかもしれないし、ただの友達だったのかもしれない。
 でも、写真に向かい合っているおばあちゃんはとても綺麗だった。もちろん顔も首筋も手も皺くちゃだし、髪の毛だって白い。それなのになぜか、パンジーおばあちゃんが「ドラコ、」と彼を呼んだとき、あたしにはおばあちゃんが見蕩れるくらいきらきらしているように、見えたのだ。





 旧い写真の中の故人は、変わらず傲慢だった。この傲慢さを愛した少女は、やはり年老いてしまった。誰かの葬式で涙腺が緩むなどということは生まれて初めてのことだ。
 きらきらと揺らぐ世界の中で微笑む故人の名を呼んだとき、彼が堪らなく憎たらしかった。










(最期まで貴方は、あたしを愛してはくれないのね)






.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ