□ミイラ取りがミイラになる
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 子供はだめなんだよ、とセブルスが繰り返し言った。リリーはその言葉を聞きながら、そうね、と頷く。
 14歳のふたりの魔法使いは、学校では揃って優等生だった。お互い、来年には相手が多分それぞれの寮の監督生になるのではないかと思っている。そのふたりがいま、小さな禁を犯そうとしていた。

「リリー、やっぱり、辞めた方がいいと思う」
「だいじょうぶよ、セブ。学校の外で魔法を使うと魔法省に知られてしまうけれど、お酒を飲んでも彼等はそれを知ることは出来ないわ」
「そうだけれど、でも、倫理的な問題だ」
「仕方ないわ。もう、準備してしまったもの」
 リリーは自分と、セブルスの前にクリスタルのゴブレットを置いて肩を竦めた。セブがさいしょにこのお酒は美味しいらしいって言ったんじゃない。
 多分に理不尽な言い分ではあったけれど、セブルスは言い返さずにリリーを恨めしく見詰めるに留めた。一度決めたら梃子でも動かない幼なじみの強情を、セブルスには動かすことが出来ない。
 正直なところ、セブルスも興味がないとは言い切れない節もある。
 ふたりはエメラルドブルーの液体を注ぎ入れたゴブレットを顔の高さまで持ち上げ、大人がするように縁を鳴り合わせた。
「わたしたちの将来に」
「君の幸福に」
「あっ、ずるいわ」
 セブの幸福に、とリリーが言い換えるのを待って、セブルスは杯に口をつけた。リリーもそれに倣う。
 爽やかな冷たい舌触りと、柑橘系の甘酸っぱさ。
 一口嚥下したリリーはぱっと表情を明るくして、セブルスを見た。
「ジュースみたい。美味しい!」
「ああ、本当だ」
 未成年にも関わらず飲酒することに未だ罪悪感を感じていたセブルスも、これならば飲酒のうちに入らないかもしれない、と胸を撫で下ろす。
 ふたりはあっという間に飲み干して、二杯目を注いだ。


     *


 わたしとセブルスは、チーズやフルーツをつまみに一瓶の半分を空けてしまった。アルコールが入っていないのではと疑いたくなるほどあっさりとした口当たりのそれは、本当にジュースみたいだ。
 だけれどそれがジュースではない証拠にセブルスのいつも白い頬は少しだけ紅潮し、口調も普段より幾分陽気になっている。わたしがふざけてピンクのシュシュで彼の髪を結ったのにも怒らずに、溜め息をひとつついただけだった。
 なんて楽しいのだろう。
 わたしはセブルスといつも以上にもっとたくさんの話をしたいとおもった。そしてひどいことに(わたしはこれっぽっちもひどいとは思わないけれど、それを被るセブルスからしてみたらきっとひどいと思う)、彼を困らせてみたいとも。
 わたしはセブルスの反応を想像してちょっと笑った。怪訝そうに首を傾げた彼の手を握って、こう言ったのだ。

「あのね、セブ、」



     *



 アルコールのせいで普段にまして饒舌になったリリーだけれど、やっぱり普段通り可愛かった。僕は先程まで抱いていた小さな罪悪の気持ちを今や綺麗さっぱり忘れ、リリーの鈴のような笑い声を聞いている。
 思考にはぼんやりと靄がかかっていたけれど心は澄み切っていた。いつも僕の精神を支配している負の感情はすっかりどこかへ消え失せてしまったようだ。
 なんて楽しいのだろう。
 僕はリリーといつも以上にもっとたくさんの話をしたいと思った。恥ずかしくて言えない気持ち、困らせたくなくて隠している感情。今なら僕はそういうことさえも包み隠さずリリーに言えるような気がした。
「あのね、セブ、」
 ちょっとだけ笑い声を漏らしながら言うリリーに、僕は首を傾げた。その僕のかさついた手を、リリーはぎゅっと握る。僕はどきどきして叫び出したくなるのを我慢して、どうしたの、とその顔を伺う。アーモンドの瞳はきらきらと輝いている。なんて魅惑的、なんて眩しいのだろう!
「これはないしょの話よ」
「うん」
 リリーの顔がうんと近くに寄ってきた。僕はリリーが酒に酔っているだけだと必死に自分に言い諭した。握られた手のひらが汗ばんでいて恥ずかしい。



     *


 セブルスは、今まで見たことがないくらい真っ赤な顔をしていた。もしかして、お酒のせいだけじゃないのかしら。ふと思い、はたとわたしと彼の顔の間の距離がもう1フィートもないことに気付いた。わたしは急に恥ずかしくなってきて、視線を泳がせる。何だかわたしまで頬があつくなってきてしまう。
 お酒のせいで頬が朱くなったセブルスは、健康そうな男の子だ。人の雰囲気って、顔色ひとつで随分変わるものなんだわ、と人事のように考えていたら、何故か心が鎮まった。ちょっとのことで気分が上下してしまう、お酒はやっぱり怖い。
「もしおとなになって、わたしにもあなたにも恋人がいなかったら、結婚しましょう」
 わたしはセブルスの深い闇色の瞳をのぞきこんで言う。そうするとセブルスは、一瞬きょとんと目をまぁるくしてから、みるみる真っ赤になってしまった。いつもは白い首筋まで赤くして、なんて可哀相なセブルス。わたしはちくりと痛んだ心臓に手を当てた。
 おかしなことに、(ほんの悪戯だというのに、)わたしの拍動も驚くほど早くなっている。まるでほんとうにプロポーズをしたみたいだ。

「ほ―――ほんとうに……?」
「もちろん、セブが嫌じゃなかったら、の話だけど」
「嫌なもんか!」

 びっくりするくらいの大声で立ち上がったセブルスは、慌てて座り直し、わたしに笑顔を見せた。
「嫌なはずがないよ。ああ、こんなに嬉しい気持ちになったのは初めてだ」
 わたしはセブルスがいつものように少しだけ困った、呆れたような表情で嗜めることを予想していたので、拍子抜けしてしまった。こんなに嬉しそうな彼に悪戯だと言って水を差すことも実に心苦しい。
 鼻歌でも歌い出すのではとはらはらするくらい喜んでいるセブルスの目の前で、わたしはひそかに頭をかかえていた。






ミイラ取りがミイラになる

(このままほんとうに、結婚してしまってもいいかも?)









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