□握り締めた手のひら
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 冬休みが明けて会ったセブルスは、傷だらけだった。

「―――セブルスッ、一体その傷は……!?」

 談話室に入ってきた後輩のその姿に、僕は驚いて思わず彼に駆け寄った。
「ルシウス先輩、」
「またポッターやシリウスの仕業か?」
 問いつめると、セブルスは深い闇色の瞳を伏せて首を横に振る。目の下に残る痣や腫れた頬が何とも痛々しい。
「……いえ、今朝、家の階段で転んだだけです」
 セブルスはぼそりとそれだけ言うと、会釈して寮への階段を上がっていった。
 階段で転んだだけで、そんなに傷だらけになるはずがないだろう。僕は苦い顔で呟く。
 そういえば彼は、新学期に再会した時も、今回ほど酷くはなかったが腕や足に青痣を作っていた記憶がある。

「おい、あいつの家庭について調べろ」
 僕は取り巻きの一人に言う。彼は頷きながら、でも分からないな、と首を傾げた。
「何が」
「ルシウスがどうしてそんなにスネイプに固執するのか、さ。あいつ、けがれた血だし、無愛想なやつだし」
「……フン、お前の目は相変わらず節穴だな」
 僕は鼻で嗤ってやり、早くしろと促した。

―――僕が彼に固執する理由だって? そんなの簡単さ。
 闇の魔術に関連する本を憚ることなく持ち歩き、貪欲にその知識を欲する一年生が、今までにいただろうか。少なくとも僕には見覚えがなかった。入学の翌日からそういった類の書籍を読みあさるやつなど。
 闇の魔術を嫌悪せず、むしろ崇める僕でさえ、あれはいけない、と思う。
 目をはなせるはずがないじゃないか。
 自嘲し、僕はソファにもたれた。



  *  *  *



 朝食の席で姿が見えなかったので部屋を訪ねてみると、案の定セブルスはそこにいた。
「……ルシウス先輩、どうしてここに」
「それはこちらのセリフだよ、セブルス。朝食はどうしたんだ」
「………忘れていました」
 少し首を傾けて言う後輩に、僕は溜め息を禁じ得なかった。
「つい、夢中になってしまって」
「体を壊すよ」
「平気です。幼い頃から体は頑丈な方なので」
 そっけなく言うと、セブルスはまた字列を目で追い始めた。ベッドサイドに山と積み上げられた本はやはり内容を楽しむものではなくて、僕は彼に聞こえないようにまた息を吐いた。
「……目の下に隈ができている。ちゃんと寝ているのか?」
 問うと、少し考える素振りをみせる。まったく、仕様のない後輩だ。
「読書は後で良いから、今は寝なさい」
「……でも、」
「お前が寝付くまでずっとここにいるからな」
 無理矢理布団を被せてやると、セブルスは渋々枕に頭をつけた。
「子守唄でも歌おうか」
 ふざけて言うと、結構ですと即答された。僕は肩をすくめ、椅子をベッドの横に持ってきて座った。



 *  *  *



 程なくして寝息が聞こえてきたので、僕は一体何日寝ていないんだ、と呟いた。顔に張り付いた髪を退けてやると、まだ青く腫れている目の下ばかりに目がいってしまう。

 この傷は、マグルの父親によってつけられるものらしい。セブルスが幼い頃からずっと、暴力は繰り返されているらしかった。
 それを聞いて、この子は無愛想なのではない、と思った。無愛想なのではなくて、恐らく人と接することに慣れていないのだ。幼い頃からの体験が、セブルスを臆病にしている。本人に自覚がないとしても。

 僕は彼の小さな手に触れた。手の甲には、やはりいくつかの裂傷が見受けられた。
「ひとりで抱えこむなよ?」
 その手を握り締め、小さく呟いた。
 混血など構わないから、どうか頼ってほしい。
「セブルス、いいか、困ったことがあったら僕を頼れ」
 起きているときに言ったら、彼はきっと相変わらずの無表情に微かな困惑を浮かべて見せただろう。
 フと顔に目をやると、セブルスは穏やかな表情で熟睡していた。僕は彼の手を両手で握って、目が覚めたら強制的に食事をとらせよう、と考えた。





―――Fin.



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