□太陽の呼び声
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「おい。スニベリー」
 ある土曜日の昼下がりのことだった。寮を出てまっすぐに図書館に向かう僕は『ヤツ』から声をかけられた。もちろん、声をかけられてハイ何ですかと振り向くはずもなく、僕は素知らぬフリで図書館ヘの足を早めた。
「なァ、ちょっと待てよ」
 しつこく追い掛けてくるヤツに目もくれずに、誰が待つものかと小さく舌打ちする。そして僕は半ば小走りになった。
「なっ、待てってば!」
 そう言い、ヤツも走り出したのだろう、ばたばたと騒がしい足音が廊下に反響する。


―――しつこい!


 僕は分厚い本を二冊抱えたままというハンディを背負ったまま、全速力で走らなければならない羽目になった。



  * * *



「な……んなんだ、ポッター!!?」
「るせ……、君こそ何なんだ!!!」
 結局図書館に行くどころか校内中を鬼ごっこした僕とヤツは、無人のクィディッチのフィールドに来たところで大地に身を投げ出した。
 顔に血が集まり、早く大きく脈打つ心臓のせいで息が苦しい。
「なんで、逃げたんだよ」
「逃げてなどいない」
「逃げてただろ、現につい今さっきまで!」
「なぜお前から逃げる必要があるんだ、ブラックがいなければ何にもできないくせに!」
「はぁッ!? 何だよソレ、あったまきた!」
「図星なんだろう。臆病者が!」
「その臆病者から逃げ回っていたのはどこの誰だか!」
「だから、逃げてなどいないと言っているだろう!?」
 低レベルに言い争って、僕とヤツは互いに顔を背けた。
「……それで?」
「え?」
 きょとんとしたヤツに僕は苦渋の表情をつくった。まったく、なんてペースの掴めない男なのだろう!
「僕に何か用があったんだろう」
「……あーー……それ、は」
「何だ。大したことじゃないならもう行く」
 しかめっ面で僕が立ち上がるとヤツも立ち上がった。そしてゆるみきった顔であらぬ方向を見つめながら、口を開いた。


「―――――、」


「………………はっ?」
 僕は思わずヤツの顔を見つめた。
「その……、リーマスから今日だって聞いて、だな……一応言っておこうと思って……」
 ヤツは無理にとってつけたような不機嫌な顔で言う。僕はすっかり拍子抜けしてしまった。
「今日はそれだけだっ!」
 吐き捨てるように言うと、ヤツは城の方へ走っていった。



  * * *



 ひとり残された僕はヤツが走って出ていったフィールドの入り口を見つめた。冷たい風が好き勝手に伸びた僕の髪をさらう。


―――誕生日、おめでとう


 いつもとは違う表情で照れ臭そうにヤツは言った。それはヤツのごく近しい親友たちにしか向けられない顔で、当然僕に向けられたことなど今まで一度としてなかった。


 それはまるで、一筋の陽光のように僕の闇ばかりの心に分け入ってきた。たった一言、だったのだけれど。

 僕は本を抱える手にさらに力を加えた。無意識にタイトルが見えないように持ち直したのは、あるいはヤツの言葉のせいかもしれない。―――本当に、なんて掴みどころのない男なのだろう。
 不覚にも浮かんでしまった笑みに気付いたけれど、どうしてか不快な気はせず、僕はそのまま青い芝生を踏みしめた。




―――Fin.

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