□存在理由
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「六ー。六ぅー?? どこだ、六ーー!!」
紀伊の国、九度山 真田庵。
 珍しく静かな屋敷の中に男の声が響く。屋敷の主、真田信繁である。
 信繁は彼の軍師、海野六郎の姿を探し求めていた。
 いつもなら鬱陶しいくらい側に張り付いて離れない海野が、先刻ほど前からどこにも見当たらない。―――珍しいこともあるもんだ、と信繁は首を傾げて屋敷の中をさまよう。
 これだけ呼んでいるのだ、気付かないわけがない。―――何せ相手は、たとえ敷地内のどこにいようと信繁の声に反応して飛んでくる男だ。
 ならば外出でもしているのか?
 自問し、信繁は頭を振る。海野が信繁に何の断りもなしに外出したことこそ、一度としてなかった。やはり、屋敷のどこかにいるはずだ。

「六ー。六ぅー??」
 信繁は呼び掛けを再開して歩きだした。


 信繁が海野を探して屋敷の中をさまよっていた丁度その時、海野は屋敷の中にいた。しかし彼には敬愛する主君の声は届いてはいないだろう。
 海野は己の部屋の文机に突っ伏して完全に寝入ってしまっていた。昨晩は鎌之助・甚八の盗み食いから台所を守るのに寝ずの番をしていたものだから、睡魔の誘惑に負けてしまったのだ。
 不可抗力である。
 海野は睡魔に意識を乗っ取られる寸前までそんな言い訳をしていたが、今はぴくりともせず寝息を立てている。

その深い深い眠りの底で、海野は夢を見ていた。







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