□存在理由
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 物心がついてからというもの、六郎、という名前をつけられたことを悔やまなかった日はない。
 海野の家の、六番目の男子。
 どんなに学問をし、剣の腕を研いたところで家を継ぐことなんてない。それはたとえ全てにおいて他の兄達より抜きん出ていたとしても、だ。その事実を表す、―――己の限界をつきつけてくる名前が、何より嫌いだった。
 一番上の兄は既に主君を持っていた。真田昌幸。父がつかえた真田幸隆の息子で、今の海野の家の者にとっては「お館様」と呼ぶべき存在である。小柄ながら戦上手で、かの徳川家康をも恐れさせていると聞く。
 兄は昌幸の命をそつなくこなし、父同様に重宝されているとか。次の戦では二の兄、三の兄も昌幸に従っていく。―――年長の兄たちばかりではなく、四の兄は昌幸の小姓、五の兄は昌幸の長男である信幸につかえていた。
 要するに、まだ主君も決まらず―――それどころか元服すらしていないのは、この六郎のみということだ。五の兄とさえ十も歳が離れている子供だから仕方ないのかもしれないが、やはり悔しい。
 じいには兄弟の中で最も覚えが早く優秀だと毎日のようにきかされる。剣だって少なくとも三の兄よりは遣える。他の兄達はたしなまない笛も吹けるし、最近は築城術も学んでいる。
 自分でも少なからず凡庸ではないと自覚しているから尚更、それを発揮する機会に恵まれないことがもどかしかった。

 その日も、自分の名前を呪いつつ稽古に没頭していた。嫌なことを振り払うにはこれが一番いい。
「精が出るな、六郎」
 そう言いながらやってきた男は少し離れたところでこちらを見てにこにこしている。鬱陶しいのでわざと鞘を投げつけてやろうかと思ったが、あまりに子供じみているのでやめた。
 代わりに刺々しい声が口から漏れる。
「……何の用ですか、父上」
「相変わらずお前は冷たいな。もう少し愛想よくはならんのか?」
「言うことはそれだけですか? 申し訳ありませんが父上、私は暇ではないのです。たまには稽古でもつけてくれませんか」
「真に意地っ張りというか、頑固というか………わしはお前をそのように育てた覚えはないぞ」
「私も父上に育てられた覚えがありません。私のことなど二の次で全てじいに任せきりだった御自分の責任では」
 六郎がいうと、父は苦笑した。
「そういうな。まったく口の減らないやつだ。―――そなたによい知らせを持って来たのだぞ?」
 その言葉に六郎は怪訝な顔をした。
「よい知らせ、とは?」
「喜べ。そなたの主が、決まったぞ」







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