□存在理由
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 ここで待て、と言い残して六郎を置き去りにした父。城内の一室。主が決まったとは言われたが、肝心の主が誰なのかは教えられていない。
 そういうじらしかたが妙に子供っぽいんだよな。
 小さく毒付く。
 しかしここは言わずと知れた真田昌幸が居城。となれば昌幸自身に? それとも昌幸の家臣に?

 小さく滑る音を立てて戸が開く。六郎は慌てて頭を下げた。
「…………」
「…………」
 沈黙。入ってきた人間は確かに目の前に座っているはずだが、一向に口を開こうとしない。
「………?」
 何だ、と思ったが顔をあげるわけにもいかず、六郎は顔をしかめて声がかかるのを待った。
「…………あの」
 やっと声がかかる。存外幼い声だ。もしかしたら、自分と同じくらいか、それより下か………。
「………顔を、上げてくれないか」
「はっ」
 顔をあげる。互いに相手の顔をみて、同じように目を丸くした。
(……子供? まだ私より年下ではないか。こんなやつが主君?)
 思ったが、口に出すわけにもいかず、六郎は目をそらす。
「わたしは、真田昌幸が二男源二郎だ」

―――真田源二郎?

 六郎は反らした目を再び少年に向ける。にこ、と源二郎が微笑んだ。
「名は?」
「海野喜兵衛が六男、六郎利一と申します」
「六郎、か………」
 源二郎は吟味するように呟き、六郎の隣に腰を下ろした。六郎は目を丸くして源二郎を見る。
 仮にも主君たるものが、家臣の横に―――同等の位置に自ら来るなんて。
 今は幼いとはいえ、いずれ人の上に立つ男。
「………源二郎…、様……?」
「こんな子供がわたしの主君だというのか」
「……っ!?」
 不意に開いた口から漏れた言葉に、六郎は激しく狼狽する。紛れもない自分の考えが、あっさりと看破されていたのだ。それも、源二郎に対する侮辱以外の何物でもない考えだ。
 言うまでもなく、六郎は血の気が引いていくのを感じた。
「顔に書いてあるぞ? 分かりやすい男だな」
 しかし源二郎は腹を立てた様子もなく、むしろ面白がっているようにさえ見えた。
「お前の気持ちはよく分かるよ。私も嫡男ではないし、まだまだ子供だ。…………己の非力さが、歯がゆくて仕方ない」
 源二郎は自嘲めいた表情になる。六郎は無言で彼の横顔を見ていた。
「早く大人になって、戦に出て私の力を世に示したいと………、」
 そうだろう、と源二郎が六郎の顔を振り返る。
 何も答えられなかった。目の前の小さな主君は、構わず続ける。
「私と六郎は似ているな」

「……私と、源二郎さまが?」
 首を傾げて問い返す。源二郎はうん、と淡く微笑んで六郎に向き直った。

「……ところで、六郎は軍略を立てられると聞いたが」
「軍略と言うほど、大したものではありません。しかし、源二郎様のお役には立てるかと」
つられて笑みを見せると、源二郎は至極嬉しそうに顔を輝かせて見せた。
「……おもしろい。頼んだぞ、軍師」







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