□長い雨の後に<後編>
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 幸村の部屋に行くと、そこには先客がいた。一昨日から村へおりていた十蔵である。海野は眉根を寄せて十蔵の隣に端座した。
「丁度よかったぜィ。今、幸村様に報告していたところでさァ」
 十蔵は海野に笑顔を見せて言う。海野は無言でうなずいた。
「村長から言いつかって俺たちの世話をしに来た、とあの女は言ったそうだが、それは真っ赤な嘘だ。村長はそんなことを命じた覚えはねぇし、しきという女も知らんとさ」
 十蔵は一度口をつぐんでから、それだけじゃァありやせんぜ、と続ける。
「それだけじゃない、とは?」
 幸村が促す。
「あのしきという女―――村に存在しねぇんでさァ」
「存在しない……?」
 海野と幸村はそろって怪訝そうな顔をした。
「ああ。誰一人として、しきのことを知らなかった。名前はおろか、見たことすらねぇ、と」
 肩をすくめる十蔵。海野の眉間のしわがいっそう深くなる。
「やはり、おしき殿は間者でしょうか?」
「まだ、断定はできぬが……嘘を付いていたとなると、可能性はかなり高いな。六、おしき殿は今いずこに?」
 幸村もその実年齢よりやや幼い顔いっぱいに苦渋の色を浮かべていた。
「小助の所望した薬草を採りに。佐助にあとをつけさせています」
「仲間と連絡をとりに行ったか……」
 くわばらくわばら、と十蔵が苦笑してみせた。
 海野はしばらく黙っていたが、やおら何か幸村に言おうとする。
「……幸村さ」
「ゆきむらさまっ、六ちゃんっ!」
 それは廊下からの、ひどく緊迫した声によってさえぎられる。佐助だ。海野と十蔵はすばやく立ち上がって廊下に出た。
「どうした、サル!」
「しきちゃんが……っ!」
 胸がざわつく。佐助の慌て方は、ただごとではない。





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