□此れが我が家の戦事情
3ページ/4ページ








「……呆れた! こんなところでさぼっていたのか!」
 盆の上に二人分の粥を持ってきた小助は、十蔵と望月の姿を認めるなり大きな溜め息をついた。
「さぼっているとは心外だねェ。軍略を立てていたのに!」
 大袈裟に十蔵は肩をすくめてみせる。
「いや、それ説得力ありません」
 小助は白い目で彼をみた。海野にぴたりとくっついた十蔵がどんな言い訳をしたところで信用されないのは常のことだ。
「すまないな、小助」
「いいえ、信繁さま。さぁ、戦の前に腹ごしらえでもどうですか?」
 小助はたちまちにっこりとしてまだ白い湯気のたつ粥を差し出した。
「………小助、俺たちの分は」
「働かない人の分はありません」
「じゃあそっちは誰のなんでィ」
ツンと顔をそむけた小助に十蔵が問う。
「六にと思って持って来たけどやっぱり私が食べます。働かざる者食うべからず、です」
「……いや、おい待て小助。私まで飛び火させるな」
 すかさず突っ込みを入れた海野は、言うだけ無駄だと考えたのかすぐに溜め息をついた。小助は満足そうに頷く。
「落ち込むなよ、六。一口食べるか?」
 苦笑した信繁が言うと、海野は感動したように彼を見た。差し出された粥同様温かい表情が海野の顔にみるみる広がる。
「いいえ、信繁さま。そのお言葉だけで六は嬉しゅうございます。しっかり腹ごしらえをなさってください」
 海野の姿に望月が溜め息をついた。
「そうか。悪いな」
「いただきまーす」
 信繁と小助は揃って合掌する。海野たちは再び地図に目を落とした。
「……問題は秀忠が軽々と攻めるかどうかだが」
「攻め入って来たとして、もう少し奇抜な作戦も欲しいところだが……」
「んー、やはりそう思うか」
 思案顔の二人の六郎を見ていた信繁は自身も渋い顔をしながら粥を頬張った。
「……っぁち!」
「……大丈夫ですかっ?」
「ああ。熱かった」
 声を揃えた家臣たちに信繁は涙目で笑って見せた。
「気を付けて下さい。熱いですから」
「小助、信繁さまが火傷をなさったらどうするんだ!」
「馬鹿者、粥は熱くなければ美味くないだろう」
 やんやと言い合う小姓たちの横で粥をすすっていた信繁は、視線に気付きふと顔をあげた。
「……やはり食べたいのか、十蔵?」
「いや、そうじゃなくて………」
 十蔵は言葉を濁す。海野と小助をちらちらと横目でうかがい、この男には珍しく言いづらそうに笑って見せた。
「お粥戦術なんてどうかねェ………」
「お粥戦術?」
 丸くなった目を向けられ十蔵は続ける。
「城門から入って来た徳川の奴らに、煮えたぎった粥を上から浴びせかけるんでさァ」
「………それは、熱いだろうな」
「しかしその米は」
 海野と望月が渋い顔をする。それも予想していたのか、十蔵は肩をすくめて応える。
「籠城用の備蓄米がありやすでしょ?」
「大切な兵糧を使うと言うんですか!」
 とんでもない、と言わんばかりに小助が声を上げる。彼は信繁を振り返った。
「信繁さま、万一籠城戦になった時はどうするんです? 我々だけならまだしも、城下の人たちは保ちませんよ!」
「……いや、小助。その作戦あながち悪いとは言えぬかもしれぬ」
「信繁さま!」
「落ち着け、小助。確かに兵糧を使うのは危険だが、上手くいけば相当な戦力になる」
 息巻く小助に答えたのは信繁ではなく海野の方だった。しかし彼も、依然として表情は渋いままである。
「しかし……、」
「上田の者は皆この地を守るための覚悟を持っている。案ずるな、小助。人は城、だぞ?」
 信繁はにこりと小助の頭に手を置いた。そうなれば、小助は頷くしかない。
「時間がありません。信繁さま、早速準備に入らせます」
 海野は片手で扇を閉じ、立ち上がった。
無言で幸村は頷く。
「おやまぁ、本当にやるとはね」
 少し呆れたように言った十蔵はしかし嬉しそうだ。
「秀忠殿と存分に遊んで差し上げようではないか」
「御意」


 徳川秀忠ら徳川軍が上田の地で地獄を見るのは、この数刻後のことである。





―――了。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ