50000打御礼

□ゆめむすび
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※if(シリウスが生きていた)設定です。ご注意あれ














 遠くで鐘が鳴っている。人気のない墓地で、黙々と花を供えていた男はちょっと顔を上げた。その鐘は、随分前から鳴っていたのかもしれないし、丁度今しがた鳴り始めたばかりかもしれない。そんなことを考えながら錆色に染まった空を見つめていると、すぐ横から名を呼ばれた。ハ、と我に帰る。少しだけ心配そうな顔をした青年が、屈み込んで首を傾げた。
「どうかしたの」
 気遣わし気な声だった。ずうっと昔、聞いていた声にも似ていたけれど、もっともっと優しい声だった。
「具合でも悪い、おじさん?」
「いいや……鐘の音が、ね」
 語尾を曖昧に誤魔化すと、青年は安堵したように息をついて、彼も空を見遣る。
「そう。……ああ、ほんとうだ。何処から聞こえてくるんだろう」
 青年の柔らかい黒髪を、強い風が掻き混ぜていく。少し乱れた姿は、いつかも見ていた。
 男はそうっと手を伸ばして、彼の頭を撫でつけてやる。青年が少し困ったように笑った。
「おじさん、僕もう、子供じゃないんだけど」
「何を言ってる。どんなに歳を取ったって、君は私の大事な子供だ」

 青年と出会った時から何度となく繰り返した台詞を唱えて、男は微か目を伏せた。冷たい墓標が視界に入る。この石が建てられてからもう何年も経つというのに、男には、まだ実感がない。己れの親友が、この小さな石の下に居るなどということは。青年が父親に似すぎているせいもある。いつだって男のいちばんは、彼らだった。
「ジェームズ。我等が自慢の息子は明日、結婚するのだよ。―――羨ましいだろう、お前ではなく俺が、新郎の父親の席に立つんだ」
 男はくしゃりと笑む。自分を置いてさっさと逝ってしまった薄情者など、地団駄踏んで悔しがれば良いのだ。

 悪戯仕掛人などとはしゃいでいたのが、遥か昔のことのように思えた。実際、昔のことだ。今となってはもう、想い出しか遺っていない。ハロウィンが楽しかったのもあの時期だけだった。今の男の中では、10月31日はもっと異なった意味を有している。
「―――」
 傍らに立つ青年の名を、男が唯一彼に与えることを許された呪文を唱えると、青年は真っ直ぐに男に向き直った。
「どうか、あいつの分まで幸せに、なってくれ」
「うん。―――僕、自分の子供には父さんの名前をつけたいと思っているんだ」

 青年はそう言って、ちょっと微笑む。
「ねぇ、シリウス。どうかな?」
 似ている、と思った。親友に。もしくは、親友が、青年に。
 男は眩しいものを見るように目を細めて、答える代わりに頷いてみせる。

 遠くで鐘が鳴っていた。街に出れば、また仮装をした子供たちで賑わっているのだろう。今日はハロウィンだ。
 男はもう一度墓石に向き直って親友の名を呼ぶ。答える声は、もちろんないけれど。

「また、来るよ」

 踵を返すと、愛しい息子が少し先を歩いていた。












Is this a dream?

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