50000打御礼

□ゆめほどき
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「パッドフット?」
 揺り動かされて瞼を持ち上げたシリウスが最初に見たのは、親友のくしゃくしゃと不統一な頭髪であった。鳥の巣とまでは言わないが、少なくとも自分のそれとはおよそ掛離れたこのくしゃくしゃは、一体何を思ってこうも重力に逆らっているのだろう、と再び意識が遠のいてゆく。額を弾かれた。
「……何するんだよ、」
「君、一体何時まで寝惚けているつもりだい。もう一発殴ってやろうか。今度はグーで」
「良いわけあるか、馬鹿」
 何やらきらきら輝いたジェームズの問いを却下したシリウスは、半身を起こして頭を掻いた。彼の真っ直ぐで闇色の髪は多少掻き混ぜた程度ではジェームズのようにはならない。するすると細く長い、しかし何処か骨ばった指間をすり抜けて落ちた。
「夢でも見てた?」
「何で分かる」
「瞼を捲ってみたら眼球が動いていたから」
 ジェームズは屈託なく肩をすくめて見せる。
「……道理で目が乾いてるわけだよ」
「最近夢見が悪いんじゃないか」
 シリウスが呆れたように息をついて目頭を押さえる。ジェームズはそんな親友の反応には言及せず、彼のベッドに腰かけた。僅か小首などを傾げているが、可愛くも何ともない、とシリウスは思う。
「そうだなあ……ここ五日くらい、」
「トレローニーに相談したらどうだい」
「んー」
 生返事で応えて指を目から離した。心配などしていない、というように軽い声で言ったくせに、ジェームズはひどく真摯な顔をつくっていた。少しだけ、面食らった。
「何だ、どうした」
「なかなか起きないから、焦った。呪いでもかけられたのかと、」
 君は敵を作りやすいから。ジェームズが物知り顔で言う。知ったような口を利くな、と思うけれど不思議と不快ではない。シリウスは息をついて、親友の癖っ毛をかき混ぜた。
「俺が呪いをかけられたのなら、当然お前もかけられたに決まっているだろう」
「失礼な。僕は君ほど恨みを買ってないぞ」
「何を根拠に言ってるんだか」
 度が過ぎている、と叱られる悪戯は大概シリウスとジェームズの二人がかりで行うものだ。スリザリン生に対するものを考慮すれば、ジェームズが単独で行う悪戯も多い。

「なあ、どんなだったんだい」

 ジェームズの言葉は唐突だった。何が、とシリウスは彼の顔を見て問う。
「夢。君が見ていた」
「ああ。……ジェームズの、墓参りに行ってたよ、お前の息子と。―――彼は明日、結婚するんだ」
「何だいそれ。不吉なんだかおめでたいんだか分からない夢だなあ」
 困ったように口を尖らせるジェームズを眺めて、シリウスは僅か、目を細めた。夢の中の彼の息子は、いま目の前にいる男にそっくりだった。息子の方がもう少し大人びた顔付きをしていたが。

「ジェームズ。あくまで夢、だから」

 どうしてあんな夢を見たのか分からない。望んでいる筈はないし、あれが予知夢になるなどということも、考えたくない。
 苦しげに顔を歪めたシリウスを、ジェームズは静かに見た。ひたすらに優しい声が、シリウスの名をなぞる。
「誰かが死ぬ夢を見ると、現実ではその人物は長生きをするらしい。―――君のおかげで、僕は長生き出来るぜ」
 ジェームズが嬉しそうに相好を崩す。拍子抜けしたシリウスは、思わずつられて笑みを見せた。この男はまるで太陽だ、と思った。どうして彼の言葉は、これほど心強いのだろう。いつだって、シリウスが感じる不安など、はじめからなかったかのように拭い去ってしまう。
「礼はいつでもいいぜ」
「はは、ちゃっかりしてるな」
 笑い飛ばしてしまえばいい。シリウスは胸臆の自分に言い聞かせた。

「シリウス」
「うん」
「君が言う通り、あくまで夢なんだ。―――君を寂しがらせるようなことは、きっとしないと誓うよ」
「そんなの、当たり前だ」
 シリウスの応えに、ジェームズは僅か息をついた。それから言葉を慎重に選ぶように、もう一度ゆるりと口を開く。
「もちろん君もだぞ」
 笑いそうになるくらい真剣な声音で、瞳で言う親友に、シリウスは大きく頷いてみせた。

「僕の息子と君の娘が結婚したら楽しいのに」
 口角を持ち上げて呟く。シリウスが正気か、と問わんばかりに片眉を上げた。
「ジェームズなんかに大切な娘をくれてやらないぞ。そうしたかったらお前の息子を婿に寄越せよ」
「もちろん良いとも!」

 嬉しそうに頷く親友に、シリウスは少しばかり呆れた顔をして、それからすぐに笑みを溢した。遥かに先のことを語り合う自分たちが、ひどく滑稽に思える。
「その言葉、忘れるなよ」
 あの夢が正夢になるなんて思ってはいない。それでも、なんとなく。


 ただ何となく、胸騒ぎがしたのだ。


 シリウスは静かに目を閉じる。あの夢の細部は、もう既に薄れていた。











Is that a dream?

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