50000打御礼

□嘘も方便
1ページ/1ページ



 一が骨董品を好きなことを、沖田総司は以前から知っていた。骨董市を徘徊した折に何度かこの男と遭遇したことがあるからだ。ただし、総司は骨董品の物色をしていたわけではなく、近所の茶屋で団子を食った帰りであるようだった。

 その食い気ばかり盛んな男が、干菓子を土産に刀を一振り携えて一を訪なったのは、一番隊も三番隊も非番のとある昼下がりであった。言い添えておくと、総司は一番隊の、一は三番隊のそれぞれ組長という立場に身を置いている。
 総司はもともとしまりのない顔を更にだらし無くへらりと歪めて、一の横に腰を下ろした。一体どうしたんだ、と一が言外に問うたのには、笑みを返す。
「刀の目利きを頼みたいのだけど」
「……俺に?」
「ハジメさんは目が肥えているだろう」
 普段は名前を呼び捨てる男に敬称を付けて名を呼ばれるのは違和感がある。総司がそうやって一の名を呼ぶ時は、決まってからかって楽しんでいるのだ。一は少しだけ顔をしかめて見せた。
「からかいなら余所でやってくれ」
「やだな、今回は本気も本気。大まじめに頼んでいるんだよ」
 そうは見えないが。言ってやる代わりに溜め息をついてみせると、総司は相変わらずへらっと笑って持していた干菓子を突き出す。これで手を打て、というらしい。
 人なつっこく、物分かりの良い男と見せかけて総司は時々子供のように頑固な一面を見せることがある。やり返すだけ無駄だと、一は彼から刀を受け取った。すらりと抜いた刀身に己を写す。そこで、総司が刀を新調したらしいと永倉新八などが言っていたことを思い出した。銘は何と言っていたか―――

「菊一文字だと、言うんですけどね」
「は?」
「その刀。菊一文字だって」
 総司の言葉に、一は眉根を寄せて彼を見た。浅黒い顔は、僅か困ったように緩んでいる。
「ハジメは、どう思う?」
 今度は、真摯な声であった。それに気付かぬ一ではなかったから、息を詰めて再び業物に目を移す。菊一文字―――菊一文字則宗。鎌倉時代に鍛えられたという古刀で、これが本物ならば一介の浪士には到底手の届かぬ、まさに宝刀である。
「まんまと贋作をつかまされたな。残念だが、これは菊一文字ではないよ、沖田さん」
「そうか」
「菊の紋があるから騙せると思ったんだろうが。これは、いくらで?」
 菊一文字と称して売り付けられたのなら、相当額を要求されたはずだ。いくら総司が酒も女もやらぬ堅実な生活を送っていると言ったとて、貴重な古刀を『身請け』するに見合う蓄えがあるようには思えなかった。
 真顔で同志の懐事情を心配する一を安堵させるように、総司はひらりと笑んで肩を竦めてみせた。
「実はこれ、まだ買い取ったわけじゃないんだ。とりあえず試しに使ってみてくれと、預けられて」
「……この贋作を、か?」
 そんなことをしたら偽物だとばれかねないじゃないか。腑に落ちないとばかりに一は首を傾げる。
「そのことなんだけど、実はこれを『菊』だと言ったのは店主ではなく近藤先生でね」
「局長が?」
「おれが刀を見に行ったとき、たまたま店の前で先生にお会いしたんだよ。それで、この菊花を見た先生が勘違いして、―――店主はきっと訂正できなかったんだろうな」
 何せ相手は『壬生狼』の局長と一番隊組頭だからね。総司の言葉に、一は合点がいったように頷く。新選組はまだ京に来て日が浅い頃から『壬生狼』と呼ばれて町の人々に畏怖されている。逆らえば斬り捨てられると思い込んでいる者も多いという。その親玉である近藤勇が菊一文字だといえば、店主もその通りだと口を合わせなければならぬというわけだ。
「やっぱりハジメに見てもらってよかったよ」
「返しに行くのか」
「いいや。この刀を買い取ってくるよ―――菊一文字として、ね」
 総司が喉のつかえが取れたような、さっぱりとした表情で微笑う。一はその言葉の真意を掴みかね、唖然とした。
「今の俺の話、ちゃんと理解できたか?」
「失礼な。子供じゃあるまいし、それくらい分かるよ」
「じゃあ何故、」
「近藤先生が残念がるからさ」
 即答。迷いのない言葉に、一は気後れして言葉を見失う。
「そりゃあ、これが偽物だと知ったところで店主を斬るような方ではないけれど、近藤先生は、『名』を重んじるからね。『新選組』と同じで」
「隊が偽りだとでも?」
「そうじゃなくてね、えーと。近藤先生が何より大切にしているこの隊を、『新選組』という名で呼ばない人は多いだろう、この京には。でも、おれはそれを、先生には知らないでいてほしいんだよ」
 ふっと息をついた総司は、こいつも同じさ、と『菊一文字』を撫でた。それに応えるように鍔が小さく鳴く。
 一は半ば呆れ顔で、男を眺めた。
「あんたは、局長が『白』といえば黒でも白だと信じて疑わないんだと思ってた」
「はは、そう在りたいとは思うけどね。それでも黒はやっぱり黒にしか見えないよ。だから、せめて口では白だって言いたいんだ」
「疲れる生き方だな」
 一が溜め息を隠さず呟いた。へらへらした面の下で、そのようなことを考えているなど、予想だにしなかった。全くこの男は計り知れない。
「そうでもないけどねぇ」
 総司はいつものようにへらりと肩を聳やかして、腰を浮かした。店に行くのだろう。
「あ、このこと、他言無用だからね」
「……せいぜい値切ってくるといい。あんたはお人よしだからな、元値でなんか買ってくるなよ」
 答える代わりに口角を持ち上げて言ってやると、総司も同じようににやりとして、手を振った。













嘘も方便
(なあ斎藤、あいつの刀、本当は)
(いいえ副長、あれは正真正銘菊一文字則宗です)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ