□いちばんやさしいのはだあれ?
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 レギュラスは、図書館の奥の本棚の陰から聞こえてくる囁き声が、聞き慣れたそれであることに気がついた。覗き見をするつもりはなかったけれど、その声の主が誰かと談笑する場面にはついぞ遇ったことがなかったから、少し驚き、自然―――本棚に身を隠して覗き込む形になってしまう。
 黒い髪、黒いローブ、そして病的に白い肌がレギュラスに背を向けていた。その隣に立って、彼が手にする本に目を落としているのは、綺麗な女の子だった。あかい髪の毛が、彼女が笑うのにつれて揺れている。

 珍しいものを見た、とレギュラスは思った。その女の子はグリフィンドール生だったのだ。スリザリン寮生とグリフィンドール寮生は概して仲が悪い。悪くないにしても、共にいようとはしないものだ。―――それでなくったって、彼が女の子と話をしていること自体珍しいことである。
 声はかけない方がいいのかもしれない。レギュラスが見つめる彼の白い頬は、嬉しそうに赤みがさしていた。

 そっと目を反らそうとした時、女の子がこちらを見た。ぎくりとレギュラスは身をすくめる。彼女はあろうことかレギュラスの存在を知らしめるように彼の黒いローブを引いて、何やら囁いたようだった。
 彼、がこちらを振り向いてばつの悪そうな顔をする。しかし、居心地の悪さと言ったらレギュラスの方が遥かに上だろう。





「……あの、ごめんなさい。……なんだかお邪魔しちゃったみたいで、」
 きらきらした笑顔で手を振り立ち去った女の子の背を見送った後で、レギュラスは心底申し訳なさそうに頭を下げた。彼、セブルスのあの幸せそうな表示を思い返すと、謝らずにはいられない。
「……別に、気にしなくていい」
「でも……、さっきの人、セブルスの恋人なんでしょう?」
 訊くと、セブルスが盛大にむせた。
「リリーは幼なじみだ」
 そうは言うけれど、彼の顔は真っ赤だ、とレギュラスは苦笑する。
「かわいい人でしたね」
「……他のヤツには言うなよ」
 素直な感想を言ったレギュラスの言葉に、セブルスがそう応える。低く唸るような声音だった。レギュラスはきょとんと目を円くすると、
「どうしてです?」
「外野が色々と五月蝿いからな」
「がいや?」
「グリフィンドールの奴らや―――スリザリンもだが、」
 セブルスはそう語尾を濁す。
 確かに、グリフィンドール生はセブルスをからかったり冷やかしたりしそうだし、スリザリン生はグリフィンドールなんかと、と非難するだろう。
 しみじみ納得したレギュラスはセブルスの顔を見た。苦々しくしかめられたそこは、まだ僅かに色付いていた。
「大変なんだ、」
「……僕は別に何を言われても気にならないが……、リリーが不快な気分になるようなことは避けたい」
 レギュラスは驚いた。セブルスはほんとうに、あのリリーという女の子を大切に思っているのだ。普段は人との関わりを極力避けようとする人なのに、彼女だけは特別みたいだ。
 そう思うと、驚きと同時に敬服してしまう。今日のセブルスはなんだかすごく、かっこいい。
「セブルスは、優しいですね」
「……そんなことはないだろう、」
「僕、スリザリンを第一に考える両親に育てられてきました。―――でも、寮なんていっそなければいいのにって思うことが時々あります」
 セブルスは不思議そうな顔をレギュラスに向けた。
「スリザリンが嫌いか?」
「いいえ、そんなことはありません。―――でも、寮があるせいで誰かが嫌な思いをするのはおかしいと思うんです」
「……そうか」
 セブルスは頷き、ひどく穏やかな微笑を浮かべた。それからローブに隠れていた白い手でレギュラスの頭をくしゃりと撫でる。
「リリーも同じことを言っていた」
「え、」
「優しいのは君の方だな、レギュラス」
 にっこり、と言うにはぎこちない笑顔だったけれど、それがかえって彼らしくて、レギュラスも笑顔になる。
「そうでしょうか」
「ああ」
 頷きあって、笑声を溢す。それはなんだかお腹のあたりがくすぐったい気分になることだった。





















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