□70000打御礼
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 中庭で始まった喧嘩の概要を聞いて、誰より驚いたのはセブルス・スネイプその人である。普段から静寂こそ正義なりと言わんばかりの体で図書室に居座っているセブルスも、この度ばかりは驚きの声を漏らして立ち上がり、その反動で座っていた椅子を盛大にひっくり返してしまった。たちまち他の利用者から叱責の眼差しを向けられたけれども、それすらセブルスの良心を咎めるには至らない。
 彼のそのあまりの驚きようにむしろ驚いたレギュラスは、はしはしと瞬きを繰り返し、気遣いの言葉を与えた。
「大丈夫ですか、」
「あ、ああ。僕は平気だ」
 そこで漸く正気を取り戻したらしいセブルスは、今度はわざとらしいほど声を低めてレギュラスの顔を覗き込む。
「それより、本当なのか―――喧嘩をしている中に、」
「エヴァンズさんがいること?」
「その原因が―――」
「貴方であること?」
 セブルスの言葉を受け取ったレギュラスは、首肯してみせる。その仕種に、セブルスは困惑の色を隠さない。普段あまり表情が変わることのない男だけに、ひどく気の毒な気分になった。
「原因についてはよく分かりませんが、少なくともあなたの名前を連呼していたのは確かです」
 その言葉に、とうとう我慢が出来なくなったらしいセブルスは、積み上げられた本を片付けようと抱え上げる。
「どうぞ行ってください、セブルス。本は僕が片付けておきます」
 レギュラスの申し出に、セブルスはひどく申し訳なさそうに頷いて見せた。
     *
 慌てて中庭に駆け付けたセブルスの目に入ってきたのは、大勢の野次馬と、杖を構えたリリーと、なぜか逆さ吊りになっているジェームズ・ポッターと、それを傍観しているポッターの取り巻きたちの姿だった。
 人垣のせいでリリーは遠く横顔しか見えないが、それはそれは恐ろしい剣幕で仁王立ちしていることは確かなことである。ポッター相手には怒りを露にすることも多いリリーだが、これほど険しい貌をセブルスは見たことがない。加えてその険しい表情の幼なじみが、たびたび自分の名を口にして何やら言い合っているとあれば、普段日和見を決め込むさしものセブルスも、止めなくては、と人混みを掻き分けて行かざるを得ない。
「り、リリー!」
 野次馬に揉みくちゃにされながら中央に踊り出たセブルスは、いっせいに人々の視線を集めた。無論それでたじろぐ彼ではないが、多少なりとも気まずそうにリリーに駆け寄る。
「一体どうしたんだ―――」
「出たな、スニベリー!」
 セブルスの声を遮るように呼ばわったのは依然逆さのままでいるポッターだ。ゴーストでもあるまいし、「出た」とはご挨拶であるがこの男が傲岸不遜なのは今に始まったことではない。セブルスは無様な姿の彼には目もくれず、リリーの顔色を伺う。
「こんな騒ぎを起こすなんて、君らしくないじゃないか」
「私らしくなくて結構よ。このナルシスト男はあなたを侮辱したの。腹が立つでしょう!」
「……僕のために?」
 ぷりぷりとまくし立てるリリーに、セブルスは目を丸くして問い返す。
「あら、どうしてそんなに不思議そうな顔をするのかしら―――大切な親友を悪く言われたのよ、こうでもしなくちゃ気が済まないわ」
「そんなマザコン野郎の何処がいいんだい、エバンズ!」
「女の子に護られてちゃ世話ねぇな、スニベリー!」
 リリーの言葉へ感動している所へ、ポッターと、脇から悪友に加担し始めたブラックの汚い言葉が降ってくる。セブルスは変わらず無視を決め込むが、未だ腹の虫がおさまらぬリリーはそうもいかないらしい。すぐにまた目を三角にして、二人に対峙する。
「別に護ってるわけじゃないわ。あなたたちが酷いことを言うから、それに対して私が勝手に怒っているだけよ。そんなことも分からないのね!」
「酷いものか。これでも君に遠慮をしている方だよ、なあ―――パッドフット!」
「プロングズの言う通りだ。ワームテールもそうだと言っている」
 ブラックに突然名指しされたペティグリューは面食らったように瞬きをしたが、すぐに満面に笑みを浮かべて何度も頷く。この男には自分の意思というものがないらしい。
「ムーニーは……何だよ、リーマス。不服か?」
「もちろんだよ、シリウス。僕は図書館に行きたいと言ったじゃないか、もう昼休みが終わってしまうよ!」
 口を尖らせたルーピンは、その恨めしい双眸をブラックと、逆さ吊りのままにされているためいよいよ顔色が真っ赤になってきたポッターとに向けた。
「仕方ないだろう、こういう状況なんだから」
「仕方ないはずがあるもんか。僕たちがこの場を去れば良いだけの話だ」
 そう言ってにっこりしたルーピンに、リリーは満足げに大きく頷いてみせる。
「流石はリーマスだわ。その通りよ」
「ちぇ、エバンズはそうやっていつもムーニーにだけ優しいんだから」
「行いの差だろう」
 拗ねたような声のポッターをすげなく交わして、ルーピンはローブのポケットから出した杖を一振りした。すると、逆さ吊りのポッターの身体は風船のように不安定な浮遊をし始める。
「何する気だ、ムーニー」
「今の話を聞いていなかったのかい、ジェームズ。図書館へ行くのさ」
「後で行けば良いだろ、図書館なんか」
「今日じゃなくちゃ駄目なんだよ、魔法史のレポート、羊皮紙一巻き半、―――明日までだ」
 肩を竦めて見せたルーピンは、ブラックとペティグリューの背を急かし、ポッターを杖で操りながら踵を帰す。
 そのあっけない去り際に、野次馬の中から不平の声が上がるが、リリーの一睨みですぐに静かになった。
「リリー……」
 セブルスはと言えば、そんな幼なじみに対して頼もしいやら、申し訳ないやら複雑な心境で溜め息をつく。
「どうしたの、セブ」
「頼むから、もうこういうことをするのはやめてほしい」
 ようよう散らばっていく野次馬を尻目に、セブルスはリリーに向き直った。リリーはたったいままでの険しさはどこかに取り払って、いつもの穏やかな表情に戻っている。
「……迷惑だった?」
 リリーは眉尻を落とす。彼女に悪気は梟の羽根ほどもないのだ。無論、そのくらいセブルスにもよく分かっている。迷惑だと感じるはずもない。
「まさか。君が―――その、僕のために怒ってくれて、すごく嬉しい」
「それじゃあ」
「でも、駄目だ。僕のためにリリーが万一罰則を受けたり、ましてや危ない目に遭うなんて、嫌だ」
 語気を強めたセブルスに、リリーはいよいよ肩を落とす。反面、その顔は柔らかな綻びを隠し切れずにいた。セブルスはちょっと呆れたように、諭すのを諦めて息をついた。
「ありがとう、リリー」
「うん。―――わたしも、あまりむきにならないように気をつけるわ。さっきは少し大人気なかったものね」
 肩を竦めて言う幼なじみに、セブルスは満足の体で頷く。
「ねぇ、セブ。スプラウト先生のハウスで珍しい薬草を育てているって聞いたの」
「本当に?」
「ええ。一緒に見に行こうって、誘おうと思っていたところだったのよ」
「もちろんだ!」
 興奮したように頷くセブルスに、リリーも嬉しそうに笑って彼へ手を差し出す。セブルスはわずかな逡巡のあと、おずおずとその手を取った。





おてんばガール
(次ポッターが絡んできたら、ふたりでとっちめてやりましょう!)
(危ないことは無しだよ)


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