□70000打御礼
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 突然の来客にも顔色ひとつ変えず、レギュラスはにっこりと出迎えた。
「こんにちわ、ベラ。久しぶりですね」



 笑顔を絶やさず振る舞うレギュラスと対照的に、不機嫌そうな面持ちで押し黙っていたベラトリックスは、差し出された紅茶を一口飲んで、やおら口を開いた。
「…シシーが成人したら、正式にあの男との婚約を発表するんだよ」
「それは、おめでとうございます」
「おめでたいわけがあるかね。あれほどプライドが高くて、女好きの妻になることが!」
 忌ま忌ましげに吐き捨てられた言葉に、レギュラスは首を傾げた。
「ルシウスって、女好きなんですか?」
 ルシウスといえば、多少ナルシストのきらいはあるけれども女性にだらしない印象はない。あれほどの美貌を持っていながらナルシッサ一筋であることにレギュラスは感心さえしたものだ。
「……むかしはね。今は、前に比べりゃあ少しは大人しいようだけど」
「ナルシッサのために改心したんですね」
「どうだか!」
 レギュラスの言葉に、ベラトリックスは大いに嫌な顔をして、鼻を鳴らした。
「それで、ベラは、ナルシッサのお祝いをしたいんですね」
 高価なポットにアールグレイのおかわりをいれて来てくれたクリーチャーに労いの言葉をかけて、レギュラスはにっこりしてみせた。それとは対照的に、ベラトリックスは至極不快そうな顔をする。
「そんなことは言ってない」
「じゃあ、どうして此処へ?」
「う、それは……」
「何年あなたの従兄弟をやっていると思っているんですか。僕はごまかせませんよ」
 レギュラスの笑顔は子供のように屈託がない。年長者を喰ったようなその態度が、ベラトリックスは気に入らない。無論、図星をつかれたことも理由の一つだ。
「ちょっと会わないうちに随分と生意気になったもんだねえ」
「そういうあなたは相変わらず素直じゃないですね」
 レギュラスは涼しい顔をして歯牙にもかけない。
「何なら、いまからいっしょに選びに行きませんか?」
「えっ」
「僕も、二人に何かプレゼントをしたいんですけど、どういうものが良いのかよく分からなくて。女性の感性を参考にできたら、と」
 言うが早いか、レギュラスはさっと立ち上がって身なりを整えはじめる。

「女の感性なんて、」
 あたしに求めるもんじゃないだろう。ベラトリックスは、滞りのない彼の動きを眺めながら、ちょっと情けないような、それでいて嫌悪すら滲む表情をしてみせた。もちろんそれは、自分への嫌悪である。
 気乗りしない様子の彼女をレギュラスは笑顔で促す。
「あなた以上に女性らしいひとを僕は知りません」
「誰にでも言ってるんだろう、そういうこと」
「嫌だなあ、誤解ですよそれ」
 肩をすくめてみせたその表情が、にわか雨の空のように曇る。
「……でも、あなたを連れ出したらまたロドルファスに怒られちゃうかな……」
 ロドルファスとは、ベラトリックスの婚約者である。思いがけない名前に、ベラトリックスは大いに顔をしかめた。
「はあ? あんな奴放っておけよ」
「あんな奴って。あなたの婚約者でしょう」
「それこそ、政略結婚みたいなもんさ。お互い想い合ってるわけじゃなし」
「そうなのかな、少なくともロドルファスはあなたのことを憎からず思っているようだけれど」
「なんだい、憎からずって」
「ふふ、」
 レギュラスは含み笑いを漏らすばかりである。こうして自らの言い分を笑むことで済ませてしまうところは、この少年の悪い癖だ。ベラトリックスは深く追及することは諦めて、質問を変えた。
「そういうあんたはどうなんだ」
「どう、って」
「婚約者、とか」
 問い掛けの意図を図りかねているらしいレギュラスは小首を傾げてみせたが、従姉妹の答えを聞くなりすぐに破顔した。
「僕には早い話ですよ」
「そんなことないだろ」
「少なくとも両親は何も言いませんが。まあ、シリウスがあんな状態ですから、もしかしたら僕にもいるかもしれませんね。」
「……嫌な名前を聞いた」
 ベラトリックスはレギュラスの兄であるシリウスと頗る折り合いが
「ふふ、これはすみません」
「いいのさ、あんな奴のことは。それにしても意外だな、あんたの母親が結婚の話をしないなんて」
 レギュラスの母親は絵に描いたような純血主義だ。奔放で反抗的な兄の分までレギュラスを溺愛しているが、それは甘やかしているという意味ではない。レギュラスは寧ろ、両親の示したレールの上を歩くことを強制されているように見えた。彼も文句ひとつ漏らさずそれに従っているのだから、忍耐強い。
 ベラトリックスはそんなことを考えながら、ふと視線を感じて顔を上げた。
「なんだい」
「いえ、結婚するならベラみたいな人だったら良いなあと」
 思いもよらぬ言葉に、ベラトリックスは紅茶を噎せた。
「ば…ッ、馬鹿、そういうことはっ」
「どうかしたんですか、」
「……それ、わざとやってんのかい」
「え? なんですか?」
 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で瞬きを繰り返すレギュラスにはまるで他意など無いらしい。
 ベラトリックスは自分一人動揺しているのが馬鹿馬鹿しくなり、溜め息をついた。
「確かにあんたには女の感性とやらが分からないようだねえ」
「そうなんです」
 大まじめな顔をして頷くレギュラスの様子は妙に滑稽で笑える。
「よし、買い物に付き合ってやろうじゃないの」
「でも、ロドルファスが……」
「黙ってりゃ分かるものか」
「それもそうだ。なんだか、デートみたいですね」
 恥ずかしげもないレギュラスの言葉にベラトリックスはまたもや紅茶を噎せそうになったが、すぐに艶然と口角を持ち上げてみせた。
「楽しもうじゃないか、こんなことは滅多にないよ」




つきましては、内密に願います
(あたしとあんたの間だけの、とっておきさ)






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