□Gospel.
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「わたし、あなたに謝らなくちゃならないことがあるわ」
 ひたすらに白い世界の中で、リリーがひっそりと呟いた。力無く落とした肩の上を滑る赤い絹糸から目を離せずにいたセブルスは、少しだけ怪訝そうに眉根を寄せて、静かに首を振った。
「……君が私に謝る必要なんて少しもない。君を傷つけ、守れなかった私のほうこそ―――」
「あなたにひどいことを言われた時、本当に悲しかった。でも、謝ってくれたらそれでよかったのよ」
 セブルスの言葉を遮り、リリーは音を紡ぐ。どうやら懺悔をせずにはいられないようだ(それはセブルスも同様であるが、ここはやはりレディーファーストだ)。セブルスは短く嘆息し、大人しく彼女の言葉に耳を傾ける。
「あなたは謝ってくれたわ―――必死に、真剣によ。でも、闇の魔術から手を引くつもりがなかったでしょう。だから、余計に腹立たしかった。多分、わたし、あなたがわたしから離れて行くんじゃないかって―――怖かったの。だから、あなたに置いていかれるくらいなら、わたしから離れようと思ったのよ。……そういうわたしの身勝手が、まさかあなたをあんなに苦しめるなんて考えてもいなかった、」
 リリーは言葉を選びながらそう言うと、視線を上げて幼なじみの顔を凝視した。
 若く美しい姿のまま変わっていないリリー。彼女が生きた倍近くの月日を重ね、年老いたセブルス。―――そう考えた途端、セブルスはとんでもない羞恥心にかられて身を硬直させた。けれども焦がれて止まなかった彼女の瞳から、目を逸らすことは出来ない。
「ごめんなさい、セブルス……あなたにとても、つらい思いをさせてしまって。あなたはハリーを守ってくれた―――世界を救ってくれた。本当に、偉大なことよ」
 セブルスがあいした緑の瞳が涙で滲む。けれどその美しさは変わらず、むしろより一層の輝きを伴ってセブルスを見つめていた。―――セブルスはこれ以上にきらきらしく、魅力的なものを生涯知らない。
「ありがとう、……セブ」
 嗚呼―――。
 セブルスは心がふるえるのを感じた。己の一生のすべては、この瞬間、リリーに与えられたその一言のためにあったのだとさえ。





「私は力が欲しかった……君を、自分の大切なものすべてを守れるだけの強い力が、―――それを闇の魔術に求めた愚かさを赦してほしい。強大な力を得れば、君がきっと認めてくれると思っていた。昔、君が私の魔法を褒めてくれたように」
 確かに負ったはずの疵がなぜか殆ど痛まないのと同じように、セブルスの身体は、そして心はひどく軽やかだった。それまで押し止めて言葉が堰を切ったように溢れ出て来る。
「君のことしか考えていなかったのに……君を喪ってみるまで、私は己の過ちに気付くことさえできなかった」
 そのたくさんの言葉を、リリーは真摯な表情ですべて受け止めてくれる。嗚呼、聖母のようだ―――セブルスは礼拝をするように、両手を組んだ。
「もういちど、君に会えたらと……願い続けていたんだ、リリー。嗚呼、まさかそれが本当に叶う日がくるなんて! 迷惑かもしれないが……私は一瞬たりとも君のことを忘れたことなどなかった。リリー、君に会いたかった」
「わたしは、まだ貴方に会いたくなかったわ」
 ちいさな子供が我が儘を言うようにいやいやと首を振りながら掌で顔を覆ったリリーの声は震えている。 セブルスはそっとその姿に見蕩れた。
「―――泣かないで、」
「セブのお馬鹿さん。わたしのことなんて、忘れてしまって良かったのに」
 リリーはそう言って神聖なる赤い髪に手を伸ばしたセブルスを睨むと、すぐにまた俯く。
「リリー……そんなことを言わないでくれ。どれほど私が、この瞬間を待ち望んでいたことか―――私は今とても、しあわせだ」
 いつだって自分のために泣いてくれたリリーが、いま目の前にいるという事実。それだけで、セブルスは震えるほど嬉しい。
「君は愚かな私を、本当に赦してくれるだろうか」
 赦しを乞うにしては晴れやかで、熱っぽい声音だった。もちろんそれに気付いたリリーは、しばらく俯いて涙を拭い洟を啜ってから、呆れたように息をついた。泣いた後だと言うのにその美しさがちっとも変わらないことを、セブルスは不思議な感動を以て見つめる。
「もう一度言うわね、セブのお馬鹿さん! わたしがあなたを赦さない理由が一体どこにあるというの!」
 与えられた優しい抱擁に、セブルスが動揺することはない。もはや、意地を張ることしか出来なかった子供ではないのだ―――口内で独りごち、セブルスは愛しいおさななじみを抱き返した。







Gospel.





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