□やさしい傲慢
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 小さい頃から不器用であったけれど、セブルスは普通のこどもだった。
 セブルスはいつも、家庭環境があまり良くなかった所為で古めかしい洋服を着ていた。泣いたところを見たことはないけれど、泣きべそをかいたり、笑ったり、怒ったり、驚いたりできる。
 そして同じくこどもだったわたしは、セブルスと確かに友達で、仲が良かった。たぶんそこに、嘘偽りなんか存在しない。セブルスはいつだって、わたしには嘘をつくことができなかったからだ。

「……せぶ、」
 そんなわたしの大切な友達はすっかり代わってしまった。闇の魔術の虜になって、良くないひとたちとつるんでいる。あんなに豊かだった表情も、最近ではほとんど動かない。そんなことっておかしいじゃない、とわたしは思う。セブルスはこどもだった頃とは全くの別人のようだ。
「セブルス」
 わたしが名前を呼ぶたび、少しはにかんでいたあのこどもはもういない。セブルスは本に落としていた視線をわたしに向けた。ひどく、無感動な瞳だった。
「つまらない?」
「え」
 セブルスは今度は驚いたようにわたしを見た。体ごとこちらを向いてくれた。
「わたしといるの、楽しくない?」
「そ、そんなことっ」
 慌てるセブルスの様子を見て、少しほっとした。彼がちゃんと人間らしい表情をまだ持っていたことに。
「ない? それなら良いのだけど。最近、セブが全然笑わないから、わたしてっきり」
「昔だって、そんなに笑っていなかったと思うけど、」
「そんなことない。セブは、笑ってたよ」
 わたしの言葉がセブルスを困らせていることは分かっていた。この不器用な親友は、むかしから、こどもの頃から、自分の話をするのが苦手なのだ。そういう話をする機会がなかったから、と彼は言う。自分が何を考えているのか、どう感じているのか。それを受け止めてくれる人がいないのは、とても悲しいことだとおもう。だからわたしはいつだってセブルスのことを聞いてあげたいし受け止めてあげたいのだ。だけど、一方で闇の魔術に傾倒した話はやっぱり聞きたくも認めることもできない。なんて矛盾しているのだろう。
「僕の態度が君を不快にしていたのなら謝る」
「……謝らないで。わたしは、不快になんてなっていないもの」
「じゃあ、」
「不安になっただけ。セブがセブじゃなくなってしまうような気がして」
「……よくわからない」
 確かにわたしの言葉はちっとも理論的じゃなかった。もちろん、友達の困っている顔を見られたことを嬉しいと感じているこころは言うまでもない。
「笑って。セブ、どうか笑ってほしいの」
「リリー?」
「おねがいよ……いますぐ笑って、」
 頭の中がぐちゃぐちゃだった。今日のわたしは、どこかおかしい。
「リリー、……泣かないでくれ、」
 おどおどした声で言いながら、セブルスはわたしに少し皺のついたハンカチを差し出してくれる。こういう時、他の男の子ならば頭を撫でたり、肩を抱いて慰めてくれたりするのだろう。だけど、触れることもできない、セブルスの臆病さは途方もない優しさと自分自身への卑下が溢れていることを、わたしは知っているのだ。もうずっとむかしから―――こどもの頃から。
 セブルスは誤解されやすい人間だ。彼自身も自分への誤解をとこうとはしない。そうやって自分を縛り付けて、身動きが取れなくなってしまっている。わたしはそんなセブルスを救いたいのだ。たくさんのことを教えてもらったお返しに。

―――でも、わたしの気持ちはきっと、彼には届かない。










やさしい傲慢
(わたし、あなたの笑顔を忘れてしまったわ)

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