□70000打御礼
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 土曜日の昼というものは、概して浮足立っているものである。半日で授業が終わり、みな各々に午後の予定を語らっている。セブルス・スネイプもその例に漏れず、この雰囲気が嫌いではなかった。
 帰宅しても楽しいことなどないから、少し足をのばして、図書館にでも行こうかと、ちょうど考えていたところである。
「スネイプ、今日またレギュラスがそっち行くかも」
 あまり表情には出さないが、うきうきと帰り仕度をととのえていたセブルスに、後ろの席からそんな声が飛んでくる。セブルスは半ば呆れたように、顔をしかめて見せた。
「……今月で何回目だと思っているんだ」
「それはあいつに言えよ。俺だって毎度毎度迷惑してるんだ」
 ハンサムな顔をしかめて、肩をすくめて見せるシリウスは本当に迷惑そうだ。
 あいつというのは、シリウスの弟のレギュラスのことだ。セブルスの後輩でもある彼は、自分の家は居心地が悪いと言っては頻繁にセブルスの家を訪てくるのであった。泊まっていく日もあれば話だけして帰って行くこともある。極力自宅にいる時間を減らしたいのだと言う。
 レギュラスが来たからと言って別段何をするというわけではない。他愛のない話をしたり、互いに本を読んでいたりするから、迷惑だと感じたことはない。しかしながら、こうも回数が嵩むとセブルスといえど彼の家庭環境を案じてしまう。―――もっとも、セブルスの家もまた、誇れるような家庭環境にはないため大きなことは言えないのだが。

「兄ならばもう少し心配してやってもよかりそうなものだ」
「そういうの嫌がってるのはあいつの方だ」
 溜め息混じりのセブルスの言葉に眉根を寄せたシリウスは、ちょっと考えるそぶりを見せる。
「……よし、わかった。今日は俺もおまえんとこ泊まってやるよ!」
「はあ?」
「愛想も素っ気もないやつだが、あんなのでも弟だ。俺だって心配してないわけじゃない」
 どうだ、これで問題ないだろう?
 自信たっぷりの表情で胸を張るシリウスに、セブルスは開いた口が塞がらない。
「どうしてそうなるんだ―――何一つ解決に至っていないどころか、問題が増えているじゃないか」
「そんなことないだろ、なぁ、ピーター?」
「えぇ? 僕は一人っ子だからよく分からないけど…」
 唐突に話を振られたピーターは間の抜けた声を上げて首を傾げる。尤もな反応だが、兄弟の有無はこの際あまり関係はない。要は、人付き合いの問題である。
 シリウスにはこういう、人の気持ちを解さないところがある。

「聞いてくれ、諸君! 今日は3度もリリーと目が合ったぞ!」
「……また面倒なのが増えた」
 派手な音を立てて教室に入ってきた人物の姿を視界にとらえるなり、セブルスの表情は渋みを増す。
「ご挨拶だな、スニベリー。僕は君の大切な幼なじみの恋人になる男だぜ」
 その変化を目敏く見咎めたジェームズ・ポッターは、せせら笑いを浮かべてセブルスの側へやってきた。
「お前なんかが選ばれるはずがない」
「そんなのリリーに聞いてみなくちゃ分からないだろう。少なくとも、君よりは望みがあると思うな」
「リリーはお前を嫌っている。そして、馴れ馴れしく彼女の名前を呼ぶな!」
「君が呼んで良いのに、僕が呼んでいけないはずがないじゃないか!」
 セブルスの幼なじみを巡るこの二人の睨み合いは日常茶飯事だ。普段万人に対して愛想を振り撒くジェームズはセブルスにだけは棘のある態度を取り、セブルスもジェームズを相手にすると声を荒げがちである。
「まーた始まった。二人とも、程々にしておけよ」
 シリウスは肩を竦めて早々に匙を投げた。
「なんだいシリウス、今日はやけに冷たいなあ」
 味方がいないことに、ジェームズは不満げである。いつもならば彼も、共にセブルスを冷やかす場面だ。
「俺も今日はスネイプの家に厄介になるんでな。お前の味方はしてやれない」  シリウスは思ってもいないくせに、悪いな、と涼しい言葉を添える。その台詞に二人の言い合いも止まらざるを得ない。
「え、こいつの家に泊まるの」
「許可してない!」
「弟想いなんだよ、俺は」
 セブルスの言葉を無視して、シリウスは得意げに胸を張ってみせた。
「……よし、わかった。僕もお前の家に泊まってやる!」
 踏ん反り返るシリウスの自分本位もさることながら、その親友であるジェームズはさらにそれを上回る。シリウスの行動は生まれ持った素直さと口の悪さで傲慢に感じられるが、大概は悪気がないのである。しかし、ジェームズはことセブルスが関連したこととなると悪意の塊になる。―――それがセブルスの、二人に対する評価だ。それゆえセブルスは、
「断る!」
 即答である。すると当然ながら、負けじとジェームズも張り合う。
「何でだよ、この学園のヒーローの! この僕が! 泊まってやるって言ってるんだぞ。有り難いと思え!」
「どうせリリー目当てなんだろう。ブラックならまだしも、お前など、絶対に、一歩も入れてやるものか」
「ケチな男だな、お前って奴は!」
 再び勃発した言い争いに、シリウスとピーターは口出しすることさえ放棄して、高見の見物を決め込んだ。


「相変わらず君たちは賑やかだねぇ。廊下まで声が聞こえていたよ」
 仲裁役を欠いた二人の口論をストップさせたのは、のんびりとした教室の外からの声だった。隣のクラスのリーマス・ルーピンが噂のリリーと連れ立って入ってくる。たちまち、ジェームズの表情が輝いた。
「リリー! 今日もとても可愛いね!」
「ありがとうポッター、馴れ馴れしく名前を呼ばないで頂戴」
 好意を撒き散らすジェームズに向けられるリリーの言葉はいつもながら容赦がない。セブルスは胸がすく思いでリリーに向き直った。
「リリー、どうかしたのか?」
「セブ、今晩おうちにいる?」
「いるが、レギュラスが来る」
 セブルスは首を傾げてみせる。しかし、それは彼女の質問の意図が読めないわけではなく、ある種の照れ隠しである。相手の瞳をまっすぐに見るリリーと話をするのは、いつも少しだけ緊張する。
「俺も行くぞ」
「僕も行くよ、リリー!」
 そんなセブルスを尻目に口々に名乗りを上げるシリウスとジェームズに、リリーは一瞬驚いた顔をして、すぐに二人をねめつけた。
「あなたたちがセブの家へ? また何か企んでいるんじゃないでしょうね」
「彼らのことは気にしないでくれ、勝手に言っているだけだから」
 最早いちいち取り合うのが面倒になってきたセブルスは、重い息をついた。
「そう? でもよかった、おうちにはいるのね。またおすそ分けを持って行ってって頼まれてるの」
「いつもありがとう、」
「良いのよ。ママったら、そそっかしくて、いつもたくさん作りすぎちゃうんだもの」
 そう言ってにっこりしてくれるリリーの優しさが、セブルスには嬉しい。彼女の家族は(妹を除いて)みんな良い人たちだ。まさに理想的な家庭で育ってきた彼女を、セブルスはいつも眩しく見ていた。
「リリーのママの手料理だって? なおのこと僕もいくよ!」
「しつこい男だな……絶対に赦さないからな!」
 耳元で喚かれて、セブルスは再び声を荒げる。第三ラウンドの幕開けだ。
 その中に、リリーは口を出そうとはせずに溜め息を漏らした。
「……なんだか嬉しそうだね?」
「何のこと」
「いつもの君だったら、止めに入るのかなと」
「確かになあ」
 リーマスの言葉に、普段リリーに怒られてばかりのシリウスも同意する。
「リーマスって本当に周りを見ているのね」
 感心したようにリーマスを振り返ったリリーは、すぐに幼なじみに視線を戻した。
「彼のおうちに誰かが遊びに来ることなんて、今まであんまりなかったと思うの。セブは、そういうふつうのことをもっと経験すべきなんだわ」
「彼らがセブルスを困らせないと良いけど」
「そうなったらわたしがとっちめてやるわ。ねえ、シリウス」
 釘を刺すように名指しされたシリウスは、分かってるよと肩を竦めざるを得ない。
 彼女に頭の上がらない親友の姿に、リーマスは思わず笑声をこぼす。
「かっこいいなあ、君って」
「だって、セブはわたしの大切な幼なじみだもの」
 何だってしてあげたいのよ。
 そう言ってにっこりするリリーは、ここにいる誰よりも大人に見えた。リーマスは先程と同じ言葉をもう一度口の中で繰り返して、セブルスとジェームズの口喧嘩にいつ仲裁に入るか、様子を伺うことにした。







Insignificant days.







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