□70000打御礼
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 いつものように暇を持て余した悪戯仕掛人たちがやってくると、グリフィンドール寮の談話室は俄かに騒がしくなる。暖炉前のソファで藍色の布と格闘していたリリーは、うんざりしたような息を漏らした。よりによってあのジェームズ・ポッターと目が合ってしまったのである。彼は顔に満開の笑みを浮かべて近付いてきた。
「ワォ、継ぎ接ぎかい? あのみすぼらしいスニベリーにはピッタリのプレゼントだね!」
 リリーの手元には、何枚かの小さな布を縫い継いだクロースが広がっており、サイドテーブルの上にはさっきまで作っていたバースデーカードが無造作に置かれている。それらを見て、ジェームズはリリーが何をしているのかすぐに分かったらしい。洞察力で彼の右に出る者はそういない。
「馬鹿言わないでポッター、そんなものを贈るわけがないでしょう。キルトよ」
 リリーはジェームズの能力の高さを認めてはいるものの、彼の傲慢な言動にはつい棘のある言葉で応酬してしまう。そんな二人の間の不穏な空気を宥めるように、ほかの仕掛人たちもソファの周りへ集合してくる。
「魔法ではやらないの?」
 ピーターが素直な疑問を口にすると、リリーの表情は幾分穏やかになった。
「えぇ。一枚一枚想いを込めて縫うことに意味があるって、母に聞いたの。魔法ではそうはいかないでしょう」
「なんだかすてきだね。僕にもお手伝いさせてくれないかな、リリー」
「ありがとう、リーマス。お願いするわ」
 暖炉の前に腰を下ろしたリーマスの言葉にピーターも頷く。



「……本当なの?」
「んー、何がだい」
 リリーはふいに手を止めて、不平を漏らしながらも渋々手伝いはじめたジェームズの横顔に問いかける。始めこそ針と糸を使った細かい作業に四苦八苦していたけれどもやはり手先が器用らしい彼は、顔を上げず生返事で応えた。
「その……、あなたがセブを助けたって」
「君、どこからそれを」
 驚きをあらわにする彼の表情を、リリーは訝しんだ。ホグワーツの皆が知っていることだ。目立つことが好きなジェームズが、自分の評判を知らないはずがない。
「噂になってるわ。ホグワーツに迷い込んだ狼に襲われたセブルスを、「偶然」通り掛かったあなたが助けたって」
 リリーは友人から聞いたことをそのまま教えてやる。以前であればジェームズではなく、セブルスに直接尋ねるところだが今はそうはいかない。
 詳しい事情を一切知らないリリーの返答に、しかしジェームズは安堵したような表情を見せた。
「いや、違わないよ。その通りさ」
「あなた、彼を嫌っているんじゃなかったの」
「嫌いだねえ。陰険で皮肉屋だし、スリザリンで良くない奴らと付き合っているみたいだし」
「……ちょっと言い過ぎよ」
 心の底からの嫌悪を滲ませた言葉に、リリーは顔をしかめる。
「事実だろう。―――でも、君のともだちだから」
「えっ?」
 忌ま忌ましい、といった態で答えるジェームズの言葉は思いがけないものだった。
「スニベリーに何かあったら、君が悲しむだろうって思ったんだ。君は泣き顔もきっと可愛いだろうけど、できれば僕は君に笑っていてもらいたいからね」
「……なによ、それ」
 正直、リリーはすっかり拍子抜けしてしまった。彼の思考回路には時々理解が追いつかないことがある。
 セブルスを助けるために、第三者の自分が引き合いに出されるとは思わなかった。
「はは、惚れた?」
「馬鹿言わないで。―――でも、見直したわ。ほんのちょっとだけ」
 リリーの言葉は、照れ隠しであまのじゃくになる。けれどもジェームズには十分な賞賛であったようだ。眼鏡の奥の瞳はにやにやとだらしなく緩んでいる。
 へんなひと!
 リリーは思わず溜め息をつく。
「それじゃあさ、僕も聞いて良い?」
「どうぞ」
「君、スネイプとは絶交したんじゃなかったの」
 なんてデリカシーのない人なのかしら―――リリーは思わず呆れる。しかし依然笑みを結んだままの表情に、冷やかしのような嫌な印象はない。心から疑問に思っているとばかりの態度に、いつもならば邪険に扱うリリーも答えざるを得ない。
「絶交じゃないわ。彼が、闇の魔術から足を洗ってくれるまで、距離を置いているだけ」
 けがれた血、なんて言われて、その時はとてもショックだった。致死量の猛毒が、よりによって親友だと思っていた彼の口から吐き出されたのだから。でも、後になって考えてみれば、リリーに配慮が足りなかったこともまた事実だ。感情的になって退くに退けなくなってしまったこの状況を、心から後悔している。
「なーんだ。僕はてっきり、ライバルが減ったのかと思ったのに」
「……あなたって、どうしてそうなのかしら」
「分かりやすくて良いだろう」
 確かに、ジェームズは何でも必要以上あからさまだ。そんな彼を見ていてもどかしいと感じるのは、今は離れてしまった親友とは正反対であるからなのだろう。
「セブは、誤解されやすいの。自分でも自覚していながら、彼はそれでも別に構わないと思っているわ。私は、それが悲しいの」
 彼の不器用なやさしさやあたたかな思いやりが、いつか朽ちてぼろぼろになってしまうようで、こわい。
「セブのことをちゃんと想っている人がいることを、忘れないで欲しいと思うわ」
「だから、こんなに手の込んだプレゼントを?」
「彼、冷え症なのよ。ぴったりでしょう」
「ふうん。……やっぱり僕はスネイプが嫌いだな。君にこんなに考えてもらえるんだから」
「ふふ、ばかねえ」
 子供のような言葉に、リリーは相好を崩す。



キルト


「わたしたち、キルトみたいね」
「なんだい、それ」
「色んな気持ちが継ぎ接ぎだもの」




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