士道

□嘘つきの約束
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†・†・†



「…………さて」
 惣次郎を担いだまま河原へやってきた歳三は、葦が生い茂っている中へ別け入って行くと、無造作に惣次郎を転がした。その隣に座り込めば、背の高い葦に隠れて二人の姿は見えなくなった。
「ここは滅多に人が寄って来ないし、誰かに姿を見られることもない」
「いったいなんなんですかっ! 私、まだやらなきゃない仕事が―――」
「そういう顔も出来るじゃねえか」
 憤慨する少年の頭に手を乗せ、歳三は口の端を小さく持ち上げた。え、と惣次郎が首を傾げる。
「いっつも、おめえ笑ってるじゃねぇか。叱られようが、辛かろうが、寂しかろうが」
 歳三の言葉に目を見開いて、惣次郎は慌てて首を振った。否定のつもりだろうか。
「気にくわねえな。ガキのくせして大人の機嫌取りか」
「ご機嫌取りなんか、してません」
「じゃあ、何でそういう顔を道場ではしねぇんだ」
 言及されると、言い返せなくなった惣次郎は眉音を寄せて唇を噛んだ。歳三は溜め息をつく。
「泣いたり、笑ったり――そういうの思うまま出来るのは、ガキの特権だろう」
 ぽんと頭を軽く叩き、髪をかきまぜる。目にいっぱいの涙を浮かべた惣次郎がそれでも必死に泣くのを堪えているので、強情なやつ、と歳三は再び溜め息をついた。
「…………やくそく、……したから」
「あ?」
「若せんせいと約束、したんです…………っ、泣かないって」
「勝ちゃんと?」
 歳三が聞き返すと、小さく首を縦に振る。その拍子にたまっていた涙が、ぼろりと落ちた。
「はじめてあったとき、お前は泣かないでえらいなって……っ、若せんせいがほ…、誉めてくれたから……っ。だから、つらくっても、泣かないって」
 しゃくり上げながら言う惣次郎を不器用に慰め、歳三は穏やかに微笑して見せた。
「それでずっと泣くのを我慢してたのか。大した心意気だぜ」
 風に揺れた葦の、互いに擦れる音は惣次郎をやさしくなだめているようにも聞こえた。
「今度から泣きたくなったら、ここに来るといい。俺も勝ちゃんには言わねえ」
 そう言って立ち上がった歳三は、そのまま無言で歩いていく。惣次郎は顔を上げて、小さく鼻をすすった。
「歳三さん、ありがとう」



†・†・†



―――ほんとうは、ひとつだけウソがありました。
若せんせい、わたしはえらくなんかないんです。寂しくて、寂しくて、だけど武士の子が泣いちゃいけないっておもったから、つらくっても泣かない、なんて約束したんです。守れたら、若せんせいみたいに強くなれそうな気がしました。
 今日は、歳三さんと約束しました。わたしの、心のなかで。何でもためこむなって、あの人はわたしを助けてくれました。


 わたしは嘘つきだけど、―――若せんせいと歳三さんとの約束は、守りたいと思っています。




―――了



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