□神には成れないけれど
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 喪服を纏い、庵に戻ってきた小助を呼び止めたのは、才蔵だった。珍しいこともあるものだ、と内心驚いた小助だったが、しかしすぐに笑顔を作って応えた。
「誰か死んだのか」
「ええ……たまに薬を買いに来てくれていた村のおばあちゃんが、」
「『ロースイ』?」
「おや、よくご存知でしたね。そうです、老衰だったそうで」
「……そうか」
 才蔵は息をつくと、肩を落としている小助の頭を撫でた。小助は思わず、苦笑する。確かに彼は自他共に認める童顔であるが、実年齢は才蔵より九も上なのだ。
 小助が困ったように青年を見上げると、才蔵は何処となく上の空といった風であった。小助は静かに彼の名を呼んでやる。
「才蔵さん。どうかしましたか」
「……なにが、」
「何か、悩んでいらっしゃるように感じたんですけど。……私の気のせい、でしたか?」
 才蔵は目を見張って自分より頭二つ分背が低い男の顔を見つめた。その造形の美しい顔には躊躇いが其処かしこに散りばめられている。小助は才蔵を刺激しないように出来うる限り穏やかな表情を見せて、まじまじと彼の細面を眺めた。常々美しい顔だとは思っていたけれど、こうして人間らしい表情を浮かべているとなお悩ましげで、ある種の迫力が有るように思う。

「……コスケにはかなわないな」

 才蔵はそう言ってふつと相好を崩した。
「さっき、サルに訊かれたんだ―――死とは、どういうことだと思うか、と」
「……それは、なかなか難しい質問ですね」
「オレには答えることができなかった―――今まで、幾人となく死を与えてきたのに」
 才蔵は滴り落ちる血を見るように、息を殺して己れの両の掌に視線を落とす。微かにその手が震えていることには気付かぬ振りをして、小助は才蔵の言葉を待った。
「コスケはドクターだから、オレとは違って多くの人の命を救っている。だから、オマエなら分かるかもしれない、と思って待っていたんだ」
 小助に向けられた碧い瞳は何処までも真摯だ。小助はいよいよ困ったように微笑む。
「私が人の命を救っているだなんて、畏れ多いことです。戦場では私とて、敵方の兵とあらば命を奪ってきました」
「でも、コスケの薬のおかげで病が治ったヤツもいる」
「全員ではありません。此度も、私は力及ばずあのおばあちゃんを助けることができなかった。―――私は、神でも仏でも、ありませんから」
 小助の言葉を請けた才蔵は、神妙な表情で立ち尽くしている。息を付いて背伸びをすると、小助は青年の頬に手を触れた。
「すみません、そんな顔をさせたくて言ったつもりはないんです。ただ、正直なところ私にも分からないんです」
 ―――きっと、誰にも分からないんじゃないかな。
 才蔵は無言で頷き、暝目した。そのまま、己れの頬に触れている小助の手に自身の手を添える。
「ひとつだけ分かることと言えば、死んでしまったら今のように皆さんと笑い合うことが出来なくなる、ということくらいでしょうか」
「……寂しいな」
「ええ。死は、孤独かもしれません」
 応え、小助も目を閉じた。眼裏に浮かんだのは、先刻の葬式の情景ばかりだ。しめやかな式だった。自分もいずれ死んだらあのような式をしてもらえるのだろうか、とふと考える。心ノ臓を掴まれるような、息苦しい心地がした。

「……コスケ。コスケは、どうしてドクターになった?」
 才蔵の言葉に顔を上げると、彼は確りと目を開けていた。その瞳の色は、彼の後ろに広がる空と、同じ色をしている。
「さあ、何故志したのだったか―――皆さんと、最期の一瞬まで笑っていたいからかも、しれませんね」
 微笑んでみせると、才蔵もまた、そうか、と頷いて淡く笑った。













神には成れないけれど
(人間だからこそ、このぬくもりがいとおしい)







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