□きみはずるい
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「奥州の伊達政宗殿の忠臣である片倉小十郎という男は、政宗殿の片目をえぐり出したとか」
 信繁は海野の背にもたれ、大坂城の地図をぼんやり見つめながら口を開いた。は、と背後で海野が怪訝な声をあげる。
「目を、でございますか? それは謀反ということで?」
「いや。政宗殿は幼少のころ、痘瘡をわずらわれてな。右眼を失明なされたそうだ。それで 、」
「病が脳へゆくまえに右目をえぐった、ということですか?」
「人伝の話だから詳しい事情は分からぬがな」
 信繁が肩をすくめる。海野は何も言わなかった。きっと彼のことだから眉間に皺などを寄せて、話の意図を掴もうとしているに違いない。信繁は幼馴染みの後頭を肩越しに見ながらそう思った。
「なぁ、六」
「……は。何か?」
「うん。もしわたしが政宗殿のように右眼が見えぬようになったら、お前はどうする?」
 ほんの揶揄のつもりで口にする。沈着な軍師は背後で間の抜けた声で聞き返してきた。
「右眼、じゃなくてもよいな。……あぁ、駄目か。足や手では、軽すぎる」
 くつくつと笑う、信繁。彼の背後では海野が、まだ返答に困っていた。
「―――すまない、六。妙なことを聞いてしまったな。答えづらかろう。今のことは忘れておくれ」
「御意。―――しかし、信繁さま」
 海野は調子を落とした声で続けた。信繁は地図を手でもてあそびながら生返事で応える。
「私めには、あなたさまのお体を傷付けることなど出来ませぬ。たとえ貴方様がそうせよとおっしゃっっても、私には従うことができるものやら…………」
 真摯な声音だった。一度は笑い飛ばした信繁も、つられて聞き返す。
「それがもし、えぐらなければわたしの命に関わるものだとしたら?」
 海野は言葉につまるだろうと思った。優しい彼が、この身を傷付けることなどできまい。これは傲りでも自惚れでもない。長い付き合いの中で得た、確証だ。





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