十
□むせかえる、
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匂いが、不意に鼻孔を擽った。まるで強い酒のような、脳髄を揺るがす匂いが。
+++むせかえる、
「讃岐の山の賊徒共による被害が増えておる。そこでだ筧、お主の射撃の腕を見込んで頼みがある」
「は、何なりと」
「山賊の頭を捕えて参れ。―――生死は問わぬ」
「―――承知致しました」
「お主だけでは心細かろう、たれか供につけよう」
「いえ、結構にござります。単身であった方が、何かと楽ですので」
愛想笑いのひとつも浮かべずに言えば、押し殺したざわめきが小波のように波及した。
―――相変わらず暗い男だ……
―――そのうえ身の程をわきまえぬ物言い……
―――たれも同行したいなどとは思わんわ……
―――気に食わぬ男よのう!
わざと聞こえるように言っているとしか思えぬ雑言に、此方こそ気に食わねぇと腹の底で同調し、筧十蔵は簡略な口上を述べて素早く立ち上がった。
嗚呼、息が詰まる。浮世は醜い建前と欲望とが、腐臭を生み出している。
息苦しい、息苦しい―――我が愛しの愛銃で、風穴だらけにしたくなるほどに。
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