□山が哭いた夜
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 山が哭く。同胞の離別を惜しむように。

 未だ宵の口から始まった宴会は、漸う(ようよう)お開きとなりつつあった。
 足元でぐずりと鼻をすする泣き上戸は、さんざ流した涙を未だ目尻に溜めて仲間の腹を枕に寝息を立てている。枕にされた方は、何やら苦しげに呻く。そりゃあ、小柄と言え大人の男の頭がたらふく食べて膨らんだ腹の上にあれば、苦しくもなろう。
「おい、銀。太兵衛を枕にするんじゃねえや」
 揺すり起こそうと試みるが銀二は目を覚ます気配すらない。太兵衛がちと不憫に思えたけれど、熊の毛皮を剥いで作った一張羅を掛けてやることで目を瞑った。
「まるで兄弟だな」
 くつりと笑声が唐突に頭上から降って来る。今宵の主役というのに素面を決め込んでいたから、その声には少なからずの情愛が篭っていた。
「お嬢、」
「おう、佐次。飲んでるか?」
「はは、今日ばっかしは酒が不味くていけねえや」
「何だ、覇気が無いな。夜が明ければ復た、頭になれるんだ。もうちっと嬉しそうな顔をしたらどうだよ」
 張り合いが無いなあと、つまらなそうに口を尖らせる彼は、すぐ向かいに腰を下ろして酒を汲んだ杓を差し出した。下の奴ら一人一人に酒を振る舞っていたのだろう
、抱えていた酒樽はもう随分と軽そうだ。
「今更頭になんぞなった所で、嬉しかねえや」
「しみったれたこと言いやがって。鬼熊の名が泣くぜ?」
 そも、鬼熊のあだ名はあんたがつけたのだった気がするのだが。言ってやれば覚えてねぇなあとうそぶく。
「全く、困った頭(かしら)だぜ」
「その頭が山を降りるってんで、せいせいしてるだろ」
「ああ……否、」
 違う違う違う。話したいことはこんなことじゃあない。先程独り酒を舐めながらああだこうだと考えていたと言うに、どうにもしっくり来る言葉が見つからないのだ(元々先立つモノが無いと言ってしまえばそれまでだ)。
「あんたは、」
「うん?」
「此処に来た時分も突然だったよな。まだ声も低くなってねえような女だか男だか分からない奴が殴り込んで来たって時は馬鹿言うんじゃねぇと思ったが」
「女だか男だか分からない、は余計だ」
 むうと渋面を作った彼は愛用の鎖鎌を構えて見せる。そう、そんな風に恐いものなど無いと言った風にねめつけてくるのは今でも変わらない。
「その生意気な餓鬼がやたら強くて、正直俺あ手も足も出なかった」
「そりゃあ謙遜だろう? お前は十分強かったよ、佐次」




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